07

「松坂君、姫路君。君らは僕がいちいち言わないと分からないんですか?」


でも、天野の上手いやり方に感心している場合じゃなかった。

天野は何故か僕と姫路を解放せずに、いつまでも土下座を続けさせた。

その馬鹿にしたような口振りにカチンときて、僕は声を張り上げた。


「天野…田代は僕達を許したじゃないか!離せ!」

「それは松坂君の思い込みですよ。だからこんな事態が起こったんです。君は普段から思い込みが激しい傾向がありますからね。」

「なにそれ!?天野ふざけんな!」

「ふざけているのは君達でしょう。」

「いい加減に離せ!」

「今の状況を批判する前に自分がすべき事をまず考えて行動で示して下さい。考える頭ぐらいあるでしょう。」


小学生並みの問題だと馬鹿にされてから気付く。

田代への謝罪を口にしていない事に。

姫路も気付いたらしい、ビクビクしながら謝罪し許しを貰った。


「……。」


僕の頭の上には未だに天野の手。

時折床に抑えつけるように力を入れてくる様子から、天野の苛立ちが直に伝わってきた。


「まだ意地を張りますか?」

「僕は謝らない…僕は悪くない…。」


そもそもこうなったのは姫路が悪い。

だって計画を立てたのも言い出しっぺも姫路じゃないか。

そう思っても僕らがした事が消える訳じゃない。

だから姫路が主犯だ、とは言い切れなかった。


「田代君、松坂君は少し意地っ張りですが本当は素直で良い子なんです。」


天野が呆れたように言う。

僕のことなんて何も知らない癖に。

知ったかぶりをする天野にイラッとした。





「ハァ…。」


そしてとうとう痺れを切らしたらしい天野は、五分ほどお時間下さいと訳の分からない提案をした。

風紀委員長の野々村が渋々承諾した時、再び頭に力が込められる。

絶対に痛いなんて言ってやるもんかって心の中で呟いた。


「松坂君、大人しく土下座して待ってないと殺しますから。」


天野が立ち上がる瞬間に僕の耳元で低く囁いた。

そのどす黒い声にゾクッとして動けなくなる。

今日の天野は天野じゃない。

怖い。




「申し訳ないです。廊下を走ってしまいました。」

「…いや、それより五分経ったが。」

「はい。」


五分後に戻ってきた天野の爽やかな声に、さっきのアレは何だったのかと混乱する。

ただの脅しにしても怖かった。

なんて呑気に考えている場合ではなかった。

耳元で聞こえる電子音、ハラハラと床に落ちた髪の毛。

うなじにフゥとかけられた天野の息に、何が起こったのかを理解した。


「天野殺す!天野お前っ…絶対殺すからな!」


そっちがその気ならコッチだってと、土下座なんて止めて天野の服を鷲掴みにした。

涙が止まらない。

僕の髪の毛を、コイツは悪魔みたいな顔で刈りやがった…!

スースーするうなじに、目の前の髪の毛が自分のものだと嫌でも理解する。


「天野っ…殺す殺す殺す!」

「物騒ですねー。」


天野はいつも通りに笑いながら、それぞれに指示を出していった。

そして僕は風紀の刈屋に後ろから暴れるのを止められ、無理やり風紀室を退室させられた。



それからの僕は「天野殺す」とうわごとのように繰り返しながら集会を隅の方で見ていた。

何でこうなったのか…とにかく天野は殺す。

アイツだって僕を殺そうとした。

だから僕も天野を殺す。


「…あまの、…ろす。」

「…松坂くん、」

「天野隊長ひどい…松坂くんにここまでする事はないでしょう。ただでさえ松坂くんは苦しんでるのに。」


真木が横で支えてくれる。

そうだよ、何で僕にだけこんなに酷いんだ。


「では、いきなり複数人に暴行を受けた田代君や、身に覚えのないことで責め立てられた僕に、一切謝罪をしていない件はどう捉えてますか?」

「それは…、」


真木が黙る。

あぁ、そうだな。

アンタはいつも正しいよ。


「松坂君、すみません。確かにやり過ぎました。」

「…コロス。」

「物騒ですね。まぁだから刈屋を呼んだんですけど…。」


天野を思い切り睨み付けると、いきなり新聞紙を床に敷いてそこに誘導された。

今度は何が始まるのかと警戒すれば、刈屋に髪の毛を切らせるなんて言い出した。

馬鹿じゃないの!?馬鹿じゃないの!?

さっきの今で信用出来る訳ないじゃん!


「信じられない!要らない!」

「松坂君。」


だけど天野は僕の肩に手を置いて、真剣な表情で見つめてきた。

ムカツクけど、やっぱり天野は綺麗だ。

こんな時にまで思って尚更嫌になった。


「形を整えないと話が出来ないでしょう。」

「でも!」

「僕はいつも刈屋さんに髪の毛を切ってもらってます。大丈夫です。」


僕の目を見てしっかり言い切った天野。

僕は何故か、それを信じようと思った。

天野が余りにも真剣だったから…。

いつもみたいな笑顔じゃなくて、信じて欲しいって顔をしていたから…だから信じた。


「さいあく…、」

「大丈夫ですよ。」


グズッと泣き出す僕の頭をポンポンと叩き、後は刈屋に託される。

だけど天野はずっと僕の目の前に居て、僕の頭を撫でたり、涙を拭いたりしてくれた。

殺すって言い出したり、優しくしたり…なんだよ、なんだよ。

天野の癖に、ムカツク。




あきゅろす。
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