01

つくづく思う。


「うざい。」

「……。」


兄のユズがめちゃくちゃウザイ。

何があったのか夢野を仲裁役に不仲だった兄と話し合った。

その結果が今。

ユズは毎日僕の部屋に顔を覗かせるようになって、何故か入り浸るようになった。

そして何をするわけでもなく、勉強をする僕を遠い端の方から三角座りで見つめてくる。

何がしたいのかサッパリだ。

ウザイ、いい加減にどうにかして欲しい。


「言いたい事があるなら言えば?」

「言いたいことならある。」

「…なに。」


僕はイラつき気味にペンを置いた。

集中なんて出来やしない。


「今幸せだ。」

「あっそ。僕は勉強に集中出来なくて誰かさんをもっと嫌いになりそうだよ。」

「っ…!椿、それは勉強を教えて?お兄ちゃん!的なアピールか!」

「違う!邪魔だから出ていけってこと!」


あーもう馬鹿だ!

ユズの思考は馬鹿過ぎる!

前に夢野がユズは勉強が出来るけど馬鹿だって話してたのも強ち間違いではなかったらしい。

最初こそ戸惑っていたけど、いい加減に慣れてしまった。

兄は馬鹿だ、めちゃくちゃ馬鹿だ。

あんなに怖かったのが嘘みたいにスラスラと文句が出てくるし、こんなものかとさえ思ってしまう。

夢野には良い傾向だとか言われたけど喜びづらい変化だった。


「遠慮はするな。」


見たことがないくらいめちゃくちゃ嬉しそうな顔で近付いてきた。

ベタに腕捲りとかしちゃって溜め息も出る。

こいつ阿呆だ…張り切りすぎ…。

思わず頭を押さえた。


「だから良いって。」

「っ……、」


振り向けば、ノートを覗いたユズの顔が目の前にあってちょっと驚く。

一瞬空気が止まって、唾を飲む音が聞こえた。


「あのさぁ、」

「…!!!」

「近い。」


ハァ…とまた溜め息が出る。

するとあんなに張り切っていたユズは勢い良く元の位置に戻った。

いや、むしろさっきより遠くなった気がする。


「近いとは言ったけどそこまで離れることはないだろ?」


素直過ぎてちょっと可笑しい。

だけど僕は素直に笑いたくなくて隠れて笑った。

それにしても…クッションを抱き締めて三角座りをするものだから可愛くないのに可愛くみえてきた。


「いや…駄目だ。」

「なにが…?」

「駄目だ、やばい。本当…お前、」


ブツブツと何かを呟きだした。

意味が分からない。

僕は何だか気になって、ユズに近づいた。


「来るな。」

「…なんで。」


意味不明。

命令口調に腹が立って更に近づく。

こんな風に言われると反対のことがしたくなる。


「ちょっとぐらいなら近付いても良いのに。」


僕はユズの目の前でしゃがみ込んで言った。

確かに近いとは言ったけど、そしたら来るな…なんて意味不明だ。

何を思ってそう言ったのかは察する事が出来ないけれど、大袈裟に捉えなくても良いことは伝えたかった。


「椿、近いな…。」

「そう?普通でしょ。」

「俺にとっては近すぎる。さっきのはヤバかった。」

「なにが。言って。」


ユズは目を逸らした。

何だよ、そんな言い辛いこと?

まさか僕が臭かったなんてことないよな…。


「匂いが、」

「……。」

「良かった。」


僕の予想は半分だけ当たってた。

それにしても匂いが良かったからヤバかったって、やっぱり意味不明。

ユズはよく分からない。


「ありがとう。お礼は言っとく。」

「…別に褒めてないが。」

「え?じゃあ何。」

「匂いが良すぎて爆発するかと思った。お前は危険だ。この部屋だけでもヤバイのに椿本人って…」


あーもう分かんない。

と言うかこの人がヤバイよ。

この人に常識を求めてはいけないのか?


「つまり何が言いたいわけ?アンタの思考が壊れてる原因は何なんだよ。」

「椿への愛だ。」

「…あぁ、はい。そうですか。」


僕は何だか馬鹿馬鹿しくなって机へ戻った。

愛って…愛って…。

呆れるけど、以前ほど嫌でもない言葉だった。



夢野の言った通り、僕は少しだけ優しさをもってみた。

すると優しさの分だけ見える世界が広がったように思う。

それは何だか不思議と満たされた感覚で、ユズをひたすらに恨んでいた時期や、八つ当たりに言葉の暴力を吐いていた時期とはまるで世界が違った。

本当の兄は理解不能な馬鹿だけど、ただただ素直なのだと分かった。


「正直俺はまだ迷ってる…。」

「今度はなに?」

「お前との関係だ。もう昔みたいな仲の良い兄弟では居られない…。」


そして兄は意外とマイナス思考だと知った。


「それは僕にもっと優しくしろって催促?これでも歩み寄ってるつもりだけど。」

「…違う。」

「意味不明。」


ユズは無言で部屋を出て行った。

後味が悪くて振り返る。

しばらく待ってみたけれど、出て行ったきり戻ってはこなかった。




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