09


「申し訳ないです。廊下を走ってしまいました。」

「…いや、それより五分経ったが。」

「はい。」


それからの出来事は一瞬だった。

一瞬過ぎて何が起こったのかも分からない。

皆が理解するのに時間がかかり、間もなく松坂君の悲鳴が上がった。





「な、な、なんで!!」

「口で謝れないなら形で見せるしかないでしょう。…という事で田代君、松坂君を許してやって下さい。」

「あ、あぁ……つーかソイツ大丈夫か?」

「天野殺す!天野お前っ…絶対殺すからな!」


田代がどん引きするくらい松坂君は泣きじゃくって、天野の服を鷲掴みにして揺らし始めた。

そうなった原因は…。

なんと天野はどこかからバリカンを持ってきて、松坂君の髪の毛の一部を刈ってしまったのだ。

松坂君の綺麗なミルクティー色の髪の毛が床に散らばっている。

よく見れば、うなじ付近が刈られていた。


「天野っ…殺す殺す殺す!」

「物騒ですねー。それでは風紀の皆さん、生徒会の皆さん、貴重な時間を申し訳なかったです。お仕事頑張って下さい。刈屋さん、少し手伝って下さい。神谷君は掃除の方をお願いします。」

「あー…うん、」

「了解…。」


にこやかに笑って最後の挨拶をする天野彼方はとても恐ろしかった。

刈屋君は苦笑いで松坂君を風紀室の外に出した。

僕らも誘導されて出て行く。

嵐のような出来事に、また心臓がドキドキした。


「今から集会を開きます。刈屋、彼らを会議室に。」




集会は15分後に始まった。

隊長、副隊長にプラスして、今回の事件を起こしたメンバーと風紀の刈屋君。

皆ただ事ではないと察して静かに事情を聞いた。

松坂君は抜け殻みたいに黙り込んで、身体の力が抜けているらしい。

それを真木君と刈屋君が支えていた。


「事情は分かった。改めて釘指しとくな。」


冷静な夢野君に恨めしい気持ちが芽生える。

君は天野彼方の本当の怖さを知らないんだ。

松坂君の髪の毛を平気で刈るなんて…意味が分からない。


「皆さん宜しくお願いします。今回のように情報の行き違いがあれば困りますので。」

「…あまの、…ろす。」

「…松坂くん、」


真木君が悲しそうに背中を撫でた。

これが自分に起きた事だと考えるだけで身の毛もよだつ。僕まで悲しくなってきた。


「天野隊長ひどい…松坂くんにここまでする事はないでしょう。ただでさえ松坂くんは苦しんでるのに。」

「では、いきなり複数人に暴行を受けた田代君や、身に覚えのないことで責め立てられた僕に、一切謝罪をしていない件はどう捉えてますか?」

「それは…、」


真木君は押し黙った。

確かに、謝っていない松坂君の自業自得…にも見えないことはない…。


「松坂君、すみません。確かにやり過ぎました。」

「…コロス。」

「物騒ですね。まぁだから刈屋を呼んだんですけど…。はい、ハサミ。」

「へいへい。ちゃっかりハサミまで用意してきたのな。」


天野はいきなり新聞紙を床に敷いて、そこに松坂君を無理やり誘導した。

そしてゴミ箱の底から新しいゴミ袋を出し、簡単な穴を開けて刈屋君に渡す。


「な、なに!」

「そのままでは見れませんから、刈屋さんに整えて貰います。大丈夫ですよ、彼の実家は美容院なので腕前は確かです。」

「格好良くするし…少し落ち着いてジッとしててな。」

「信じられない!要らない!」

「松坂君。」


天野は立ち上がろうとする松坂君の肩に手を置いて彼の顔を見つめた。

子供に言い聞かせる親のようにも見える。


「形を整えないと話が出来ないでしょう。」

「でも!」

「僕はいつも刈屋さんに髪の毛を切ってもらってます。大丈夫です。」

「…。」


松坂君は大人しくなって、刈屋君が髪の毛を整え出した。


「皆さん、急な呼び出しで貴重な時間をすみません。うちの隊の事は僕がきちんと片付けますので、皆さんもキッチリ管理をお願いします。」


これで集会はお開きとなった。

教室を出る前に振り向けば、髪の毛を切られながら松坂君が泣いていた。

周りには真木君や他のメンバー、夢野君が集まっている。

僕は自分の仕出かした事への罪悪感で、その光景を見てられなくなった。


「姫路隊長…大丈夫ですか?」

「森君。」


トボトボ歩いていれば副隊長の森君が居た。

彼は後輩でとても可愛い。

僕の事を純粋に慕ってくれるし、何より邪な気持ちのない本当に天然な子だった。


「もり、くん…」

「わ、隊長?!」

「天野たいちょーさん…こわかったよぉ…、」


僕は森君に抱き付いた。

つくづくと思う。

天野彼方の底は計り知れないって。





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