01
「直ちゃんってホントにテモテモだよねー?」
「テモテモ…?」
「テモテモテモテモモテモテモテモテ。」
呪文のように呟く織戸來知を見て、軽率に聞き返した自分を馬鹿だと思った。
何の意味もなく何の役にも立たない呪文に時間を割いてしまった。
それだけで大変不愉快だった。
「要はモテモテだねってこと。」
黙って聞いていれば理解出来なかったと踏んだのか、織戸は改めて言い直した。
わざわざ言い直すくらいなら最初からそう言えば良いのに。
だから言葉遊びとかって面倒臭い。
「そんな事思ったこともない。」
「まさか。すっごいのに言い寄られてるのに?」
「どうだか。気の迷いでも起こしたんだろ。ここの人間は変人の集まりだから毒されたに違いない。」
「ふーん…やっぱり直ちゃんは面白いね。」
楽しそうに笑う織戸を再び無視する。
クラスメート達の伺うような空気に嫌気が差した。
それもこれも原因は、紛れもなく目の前に居るコイツの所為だった。
「直ちゃん寝るの?なんで?」
「寝たいから。」
「眠いの?昨日は何時ぐらいに寝た?」
「忘れた。」
織戸はとても面倒臭い人間だった。
趣味が人間観察で将来は文学の道へ行きたいらしい彼は、何故か俺を観察の対象としている。
俺が起こす一つ一つの行動が興味深いらしく、こうして寝るだけでも一々理由を追求してきた。
そんな彼は学内でも断トツに浮いている。
ハーフと見間違える程の美青年、学年トップの成績保持者、誰とも群れず、そのくせ友人が多い人気者。
のらりくらりと何でもやってのける器用さに魅了されている人は数知れず、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出している織戸は自他共に認める変人として認識されていた。
「直ちゃんお休み。」
「…。」
そんな人気者が昔から立場の悪い俺を構い出したらどうなるか、考えるまでもない。
世間一般でいう世界とは違い、学園という箱に囲われたこの狭い世界はどこか歪んでいる。
それ故にこの世界の住人達から見れば、織戸の隣を独占している俺はさぞかし嫌悪の対象だろう。
ただ根本的に間違っているのは、織戸が俺に引っ付いているだけであって俺は織戸に興味がないと言うことだ。
しかし彼らは単純で低能で愚鈍らしい。
目の前の光景を都合よく作り変え、この世界の常識に当てはまった被害妄想を現実にすり替えては右に倣えと異議を唱えてくる。
この誰の為にそうなったのかよく分からない仕組みを理解している人間がこの世界にどれ位いるだろうかと思うけど、結局の所、心のどこかでみんな理解しているに違いないと俺は思う。(と言うか理解していて欲しい)
人の心は移ろいやすいなんて良く言うし、流れに身を任せた結果がこれだったと言うだけで、人間の本質は案外変わっていないのかもしれない。
こんな馬鹿らしい考察をしてしまうのは少なからず織戸の影響か。
そう思うと嫌気が差して、瞼の裏に現れた(実際は目の前で悠々と居座っている)織戸を睨みつけた。
「直ちゃんのつむじ見っけ。」
「…。」
勝手に頭を触る織戸に不快感を覚えた。
わざとらしく甘い声を出した彼の存在が余計に憎かった。
ここまですれば流石に分かるだろう、本来なら。
この織戸來知と言う人間は、俺の立場が今以上に悪くなると分かっていながらこんな事を平気でするのだ。
彼の愉快な性格(俺からすれば不愉快極まりない)を知っていれば誰だって見抜けるはずなのに…ここの住人は本気で織戸が俺を好きだと思っている様だった。
「黒沢の癖に…。」
「なんでよりにもよってアイツなの?」
俺が聞きたい。
よりにもよって何故俺なのか。
以前本人に聞いてみたが余りにも理解不能な返答だった為、もう無駄に考えることを辞めた。
『そこに黒沢直が居たからだよ。』
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