偽りの空を描こうか
あの空みたいな曇り顔
涙色の空へ叫ぶ
花壇の土を掘り返したような、独特な匂い。
静雄は、あまりそれが好きではなかった。
天気は雨。
空から落ちる無数の雫が、雨宿りのためにお邪魔させてもらっている古びた煙草屋の軒にぼつぼつと当たって激しい音楽を奏でる。
煙草が切れたので、ちょっくら外に出てすぐに戻ってこようとしたのに、あんな短時間の間でこの始末だ。
―そういや今日は急な夕立に注意しろって、天気予報の姉ちゃんが言ってたっけか。
それにしても、これはもはや夕立というレベルではないくらいの降水量だ。どうも天気ってのは気まぐれでよくわからない。
静雄は考えた。
万が一これが、夕立から台風や嵐に一変してしまったらこれからどうすればいいんだ。
次第に強くなりつつある雨は一向にやみそうもないし、無理して自ら濡れに行くのは少し抵抗感がある。絶対風邪ひくだろ。
「………」
途方に暮れる。
傘さえ持ってればこんな有り様にはならなかったのに。
はあ、と一つ溜め息をついて、静雄は雲に覆われた黒い空を見上げた。
(…疲れた、)
サングラスを外すと、視界が少しクリアになった。だが、お世辞にも綺麗とはいえない空は、やっぱり汚い。
足の裏にじんわりと汗ばんだような感触を覚える。
雨の雫一滴一滴の集合体は、やがてバーテン服の裾までもを独自の湿気で濡らしていった。
「……あー…、」
やっぱり、雨は得意じゃない。
****
あれから小一時間ほど経った。
空はすっかり晴れ、快晴という言葉がよく似合う空模様と変化している。
切れた雲の狭間から見えるのは、眩しく輝く太陽。まるで何事もなかったかのように地を照らす。
「…やっと晴れたか」
静雄はサングラスを手にとると、再び視界を濁した。
煙草屋の軒下に礼を言い、からりと乾いたコンクリートに足を伸ばす。
この日光の下、バーテン服の黒は少々きつかったが、雨に濡れるよりかは到底マシだった。
空が晴れて、人も増え、さっきの雨のような軽やかな足音が街中に響き渡る。
軽やかな。
そう、それはとても軽やかな―
「シーズちゃん」
「っうわ」
ぼす、と背中に体を押しつけられた。
聞き覚えのありすぎる声とともに、恐る恐る後ろを振り返ってみれば。
「……っ」
「驚いた?」
そこには、楽しそうに笑みを浮かべる臨也がいた。
その手には、どこかのコンビニで買ったような小さなビニール傘が。
「いやあ、困っちゃうよね。いきなりあんなすごいどしゃ降り降られたらさぁ。シズちゃんさっきの雨見た?ったく、天気予報も当たらないんじゃ意味ないよ」
「…臨也、」
「なに?」
「お前、来るの遅い。」
「……は?」
本当、タイミング悪ぃよな、と呟いたのは果たして相手に聞こえたのだろうか。
ねえ、なに、今のどういうこと、としつこくくっついてくる臨也をデコピンで一喝すると、痛ぁ!と悲鳴をあげてうるさかったのでつい相手の横っ腹を軽くはたいた。軽ーく、な。
たまにはこんなどしゃ降りの雨も悪くない。
今まで大嫌いだった雨も、臨也よりは気に入った。
降ったあとには、必ず虹がかかることを知ったから。
青いスプレーで
偽りの空を描こうか。
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