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万能rhythmical






「たまには休憩も必要ってことだ」


そう言われて手をひかれたときは心底驚いた。

まるで俺の思ってることを見抜いたかのように、手を握る力が強くなる。

「…って昔、トムさんに言われた」

早くしろと言わんばかりにぐいと引っ張られる感覚は、あまりにも慣れなくて少し戸惑った。
前方から近づいてくる自転車の灯が目の前の金髪を一層明るくする。

空を見上げると、それはきれいな満月が俺のことをせせら笑っているようだった。





万能rhythmical




都会の雑踏は、夜も変わらない。

仕事帰りのサラリーマン、塾帰りの子供達と一日に時間を費やし疲れ果てた人々が横断歩道の信号待ちに苛立ちを覚えているところだった。
なんの面白みもない人々を観察して、見つかれば所構わず殺そうと襲ってくる怪物を恐れながら帰路につく。

相変わらずこの街は居心地が悪い。色々な空気が入り混じって、それを吸うだけでなんだか胃がもたれそうだ。

そんな街に依存するかのように立ち入る自分はよく周りに気味悪がられる。

「こんなに素敵な身なりをしてるっていうのにねえ」

そうコンクリートに話しかけて淀んだ灰色の空を見上げる。
全面的な雲に見守られながら、気持ちのいい沈黙はそう長く続かなかった。
「……?」
肩に何かが置かれる。

軽い感触のそれに気づいて後ろを振り向くと、人込みでもよく目立つ長身が何か言いたげな表情で背後に立っていた。


「………」

俺の中で唯一無二の要注意人物。

訝しげな顔でそれを見つめる。挑発の一つでもしてやろうと口を開こうと思った瞬間、急に腕を掴まれて有無を言わさず引っ張られる。


「ちょっと、何すんの」


思わず本心からの言葉が出た。そういって相手の背中を睨みつけても、反応はない。

引っ張られる体は、相手に連れられてどんどん勢いを増す。
どこに向かっているのかわからない。
もう一つの腕でナイフを振りかざすこともできるが、それ以上の好奇心が行動を邪魔してきた。


大嫌いな相手を一体どこへ連れて行くのか。


今までの復讐をそこでされるなら、受けてたつといったところだった。



「手でも繋げば、雰囲気くらいは出るかな?」

90パーセントのからかいと10パーセントの思いつきでそう言って、もう一つの手を差し出す。
立ち止まってきょとんとする相手に趣味の悪い笑みを向けると、不意に腕がぱっと離された。
「…わかった」
「…え?」
力強く腕を握っていた手は、驚くほど素直に俺の手へ移動した。

再びぐいと力を入れて引っ張られる。
「……本当にそうするとか、馬鹿じゃないの」
緊張して指に力が入った。それが相手に伝わっていたとしたらそれは、死んでもいいくらいに恥ずかしい辱めである。


ちら、と上目で目の前に相手を見る。
表情は見えないものの、なんだか焦っているようだった。
徐々に速まる足はそれをうまく表現していた。

はたしてこのままどこに連れて行かれるのかはわからない。

それでも、ある意味こんな貴重な体験は今後起きないかもしれないと胸に少しの期待を抱いていたのは事実だ。







「………ここ」


そういって静雄は俺の手を離す。

歩かず、走らず、微妙な速さでやってきたせいか呼吸が落ち着かない。
静雄に連れられてやってきたのは、寂れた公園だった。

「ここで、何するの?」

本心からの疑問を吐く。
すると不意に、空気が固まった気がした。
なんとなくそれを壊さないように、俯いた静雄の顔を見つめる。

しかし、その沈黙は十秒も経たないうちに破られた。

意識が追い付かないまま、身体が相手に添って揺さぶられる。
痛いほどに支えられる肩からは、少し余裕がなくなっていた。


「…何をするにも馬鹿力だよね、君って」

公園の花壇脇。入口にも近いそこで、人目を気にせずに抱きしめられる。


「……」
「…シズちゃん?」
「…会いたかった」
「は?」
「……正直言うと、会いたかった」



いつもより低い声で照れたようにそう言う。

俺はというと、動揺の表情を隠せずに静雄の胸に顔を埋めるしかなかった。
予想外。
例え神様がいたとしても、こんな予想は絶対にできなかったはずだ。
これだから人間は面白い。
と余裕をかましている場合ではなかった。

「…びっくりしたか?」
体を離されて、胸に手をあてられる。
速まる心臓の鼓動を見抜かれて、とっさに言葉が出なくなる。


「……したに決まってんだろ」
「お前みたいに回りくどいこととか得意じゃないからさ」
「…ここまでして人に文句つけんの?」
「ばーか、冗談だよ」

そういって再び肩を抱き寄せられた。



絶対に、絶対に絶対に絶対に死んでもこんな姿は他の奴らに見せられない。


幸い公園の前を通りかかる人はこの時間帯にはいなかった。
それでも、確認できていないだけで誰かに見られている可能性はある。

それが嫌で相手の腕を振りほどくことくらいできたが、なぜかそれを行動に移せない。

予想以上に強く抱きしめられている所為なのか、この状態に心地よさを感じている所為なのかどちらなのかは自分でもわからなかった。



「…気は済んだ」


そういって今度こそ体を離される。

相手の温もりがまだ体に染みついているのがわかる。
放つ言葉も無く、ただ目をそらして立ち尽くしていると、静雄は満足した表情で静かに口を開いた。


「まあ、そういうわけで帰っていいぞ」

ぶっきらぼうに言い放って何事もなかったかのように背を向けた。

その自分勝手な後ろ姿が、どんどん離れていくのに喪失感を覚えた。
「寂しい」なんて感覚はとうになくなっていると思っていたのに。


自分の感情に気づかない相手に少し苛立って、自分も歩き出す。
…本当に鈍感なんだから、困っちゃうよね。そう心で独り言を呟いて。
後ろから聞こえる足音に気づいたのか静雄は一瞬後ろを振りむく。

目を合わせる前に、力任せに腰に腕を回すと、静雄はついさっきの自分のような表情をしていた。



「…まだ俺の気は済んでないよ」









銃だ。銃。誰か俺の頭をぶち抜け
それは一時的ないとおしさなのか?










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