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「…多分、俺。嫉妬したんです、山本に」

「ど、して…」

「気付きませんか?この状況で」



 少しだけ低くなった声に気を取られた次の瞬間、気付けば俺はどさりと床に転がされていた。



(え…?)



 目の前には、俺に覆い被さっている獄寺君。その表情は、なんだか苦しそうで。それでいてどこか泣きそうにも見える。



「なんでわざわざ家に喚んだと思います?あのまま山本を見付けたら、もう二人きりではいられないって焦ったからですよ」

「…っ、それって…」

「二人でいたかったんです。…二人で花火見て、二人で話したかった。……これがどういう意味か、分かりますよね?」



 心臓が、今までにないくらいに激しく鳴っている。
 獄寺君が言わんとするところは、俺がさっきから感じている何かと同じなんじゃないかと思った。だけどそれを素直に口に出来る程までは、まだ気持ちの整理が出来てない。



「と、…とりあえず、どいて?……こんな体勢じゃ、なんか…」



 ドキドキし過ぎてまともに思考が働かない。だから、早くどいて欲しいと頼んだのだけど。
 俺の言葉が、獄寺君の中の何かに火を付けてしまったようだった。



「俺にこんな風にされるの、嫌ですか?」

「や、嫌とかどうとかの問題じゃなくて…」

「…俺は、ずっとこうして十代目に触れたかったんですよ。……好きだから」



 臆面も無く好きだなんて言われて、固まってしまう。バクバクと心臓が高鳴って、触らなくても分かるくらいに顔が熱くなって。呼吸さえも苦しくて、目の前がチカチカと揺れる。



「十代目…。…俺の事、どう思ってます?」

「え。そ、そんな、っ…」



 どう言ったらいいか分からずに狼狽えていると、獄寺君の表情が更に曇る。その上、微妙な差異でしかないのだろうけど微かに危険な色を感じて、俺はビクリと肩を振るわせてしまった。



「“只の友達”ですか?」



 クスリと微笑んだ獄寺君の手が、ゆっくりと俺の身体に触れ始めた。頭の中で小さく鳴り始めていた警鐘が、どんどん大きくなっていく。



「ね、待って!獄寺君、ちょっと落ち着いて話を…」

「…すみません。もう止められないです。……優しくするんで、許して下さい」



 俺を見下ろす獄寺君の目には、今までに見た事がない色が浮かんで見えた。これまでに見た経験の無い瞳だったけど、それでも分かる。
 この瞳をした獄寺君を止められなんてしないという事が。



「…ごく、でらくん…」


 ゆっくりと近付いてきた獄寺君の顔を見ていると、いつの間にか唇が触れ合っていた。



「…ッ!?…ン、んーっ!」



 隙間から何かが入ってきて、それが獄寺君の舌だと気付いた時にはもう口内を蹂躙され始めていた。舌を絡め取られて、ゾクゾクとした快感が頭の芯を痺れさせていく。



「…や、だ……。やめっ…!」

「十代目…」



 息苦しくなっていく中で必死に獄寺君の胸を叩いて、漸く解放されて思わず口走ってしまった言葉。その瞬間、獄寺君の動きはピタリと止まった。



「すみません、俺…」



 そう言って俺の上からどける獄寺君の顔は悲愴に満ちていて、俺は自分が何をされていたかなんてそっちのけで、自分の言葉が彼にそんな顔をさせたのだという事に心の痛みを感じた。



「…もう、お帰りになった方がいいと思います。これ以上、俺と一緒になんて居たくないでしょうし。…花火は、また見られますから」



 俺の手を引いて立ち上がらせながらそう言って、獄寺君は玄関の方へと足を向ける。だけど、俺はこのまま帰ってしまっては駄目だと思った。
 こんな気まずいまま別れてしまったら、きっとこれからずっとギクシャクしてしまう。この蟠りは今この場で解消してしまわないと、絡まり合った糸はもう二度とは解けなくなってしまうだろう。



「……待って」



 引かれていた手に力を入れて獄寺君を引き留める。何事かと言うように振り返った彼を微かに見上げながら、俺は自分の中で未だにはっきりとした形を得ない想いを、ありのままに口にする事を決めた。



「…俺は、獄寺君の事、そういう意味で好きかどうかまだ分からない。でも、さっきみたいに無理矢理ああいう事されるのは、…ちょっと怖い」

「すみません…。もう、絶対にしませんし、……十代目が嫌とおっしゃるのなら、もう二度と触れたりも…」

「ッ、違う!嫌だなんて言ってない。……だから、ちゃんと心の準備とか、しときたいなって…」



 触れられなくなるなんて嫌だ。もうしないと言われた時も、安心よりも胸の痛みの方が大きいかった。それは、つまり。



「俺は、…獄寺君と、キスするの。嫌いじゃ、ないよ…?」

「…っ!……十代目、それは…」

「えっと、…だから。たぶんだけど、俺は獄寺君が俺を好きって言ってくれたのと同じ意味で好きなんじゃないかと、思う…。はっきりとは、分からないけど」



 言ってしまった瞬間、顔から火が出そうな程に熱を感じた。自分からこんな風に言うなんて、今までの俺なら絶対に有り得ない。ずっと好きだと思っていた京子ちゃんにでさえ何も言えなかったのだから。
 俺の手を握っている獄寺君の手は震えていて、顔を見てもどこか焦点の合わない所を見ながらとても赤くなっていた。その様子を見て、俺の心臓も更に鼓動を増していく。



「…十代目、……今日、よかったら泊まっていって下さいませんか」

「えっ?」



 小さく呟かれたその言葉に、俺はそれ以上の反応が出来なくなってしまった。
 泊まる、という言葉に、友達同士のそれとは違う響きを感じ取ってしまったから。



「…只、一緒に居て下さるだけでいいんです。一緒に花火を見て話をしたりとか、そういう事だけでいいんです…。だから今日一晩は、十代目を俺にください…」



 話の流れ上、それ以上の何を望まれているのかなんて鈍い俺でも何となく分かる。でも、確証はないけど多分彼は今日それを求めてくる事はないだろうというのも感じた。だってそれはきっと、俺と同じ様に彼もいっぱいいっぱいなんだと、その表情が表していたから。



「……分かった」



 小さく頷いて、俺は彼の手を握り締めた。



あきゅろす。
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