※現パロ
「死にそう」
絞り出すようなその声は、少しばかり広くなった部屋に吸い込まれて消えた。
綾部喜八郎が斎藤タカ丸と暮らし始めたのは昨年の暮れからだ。
新学期、同じクラスになってからずっと、それはもう朝から夕方までずっと、しつこいまでにアタックされ続けて、よくやく付き合うことになり、いつの間にか同じ部屋に暮らすようになっていた。
同棲を始めてからもずっと、やっぱり四六時中タカ丸は喜八郎から離れたりはしなかったのだが、ちょうど一週間程前だったであろうか。
タカ丸が突然、失踪したのである。
緊張感の無い顔で、「行ってきます」と笑って出掛けて行ったタカ丸は、今になっても帰って来ない。
「(どこかで野垂れ死んでいるんじゃないかしら)」
携帯電話のディスプレイを見る。着信は無かった。
何度も電話をしたのに、一向に繋がらない。
この時になって始めて、喜八郎は「心配」の意味を知ったのだ。
確かに私は今、あの人を「心配」している。なんだか不思議な気分だった。
ごろりと横たわる。溜まった洗濯物と目が合った。
何かをする気には到底なれない。
「……タカ丸さん……」
名前を呟いてみても、返事は勿論、無い。寂しい。
無意味に床を転がって、暫し思考を止めていると、階段を登る音が聞こえた。
足音は自宅の前で止まり、がちゃがちゃと扉の鍵を開ける音が続く。
「ただいまぁ〜」
玄関にはタカ丸が、見送った時と同じ緊張感の無い顔で立っていた。
喜八郎は床に転がったまま、それを見上げる。
次に、自身の頬をつねった。痛かった。幻覚では無さそうだ。
「本物ですか、生きてますか」
「え?何言ってんの、やだなぁ」
「一週間も居ないから」
「部活の合宿だよ〜。あれ?言ったよね?」
「……携帯は」
「それが忘れて行ったみたいでさ〜」
「……はあ」
喜八郎は内心ほっと息をつきながらも、ひとりで勝手に落ち込んでいたことを悔やんだ。というか、悔しがった。
「今度から口頭じゃなくて文書でお願いします」
「それって、冷蔵庫にメモ貼っておけ、ってこと?」
「そういうことです」
「次は気をつけるね。
ところで綾部くん」
「何ですか」
「おかえりは?」
「…………」
にこにこ笑いながら手を広げる恋人は、埋め合わせをしようとしているらしい。
喜八郎は「おかえり」の代わりに、タカ丸の腕の中に飛び込んだ。
「……綾部くん、お風呂は入った方がいいよ……?」
「それはすいません」
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