銀魂小説
H初めて誰かの為に生きた(似万)
「似蔵殿」
「・・・あ」
「今日は機嫌が良いか?」
「・・・ん」
江戸の郊外に静かに佇む一軒の武家屋敷。
手入れのされた庭に面した縁側で、似蔵は一人腰を下ろし外を眺める。
眺めると言っても、その目には何も映らない。
顔を包帯で多い、右腕は未だ不自由な動き。
紅桜の一件で右腕を自我を失った似蔵を治療し、隠れ家で療養させた万斉は、自身も共に住むようになった。
同じ人斬り同志、その腕前に興味があった。
しかし、例の一件で二人の関係は大きく変わってしまった。
自我と右腕を無くし、人として生きる術を棄てた似蔵の姿に哀れと思いながら、その意識の中に聞きなれない『音』を拾った。
岡田似蔵という音を、もっと聞きたいと自ら病床の似蔵を引き取ったのだ。
「今日は良い日和でござる」
「ん・・・」
二人で縁側に腰を下ろし外を眺めれば、庭先に時折舞い降りる小鳥が仲良く口ばしを啄ばんでいる。
その小鳥の様子が目の見えない似蔵にもわかるのか、口元が僅かに動く。
情景が、脳裏に浮かぶのだろう。
見えずとも、感じる事の出来る情景。
静かな音だ、と、万斉は似蔵に耳を傾ける。
人斬りを名乗っていた過去を感じさせない、なんとも静かな音。
これは本来持って生まれた音なのだろう。
光を失ったことで、闇の中に閉じ込めてしまっていた心。
「・・・あ」
「如何した?」
「・・・あ、う・・・」
「ああ、今宵は共におるゆえ、心配めさるな」
「ん」
自我は戻りつつあるが、言葉は上手く紡げないらしい。
鬼兵隊の戦艦の中には、言葉を持たぬ似蔵と意思の疎通が出来るものがいない。それも万斉が隠れ家に移し共に住む理由の一つだった。
万斉だけが、似蔵の意思の中から聞こえる音で言葉と理解していた。
一時の興味で引き受けてしまったが、今では後悔するどころか感謝してさえいる。
自分だけが、この者を理解できる。
そんな優越感と自己満足。
しかし、それと同じくらい、愛おしさも感じる。
不思議なくらい、普通に隣で並んでいられる。
そんな当たり前の存在。
光と音と、人斬りと血の匂い。
自分たちだけが通じ合える、曖昧で確かなもの。
「あ・・・う」
「似蔵殿、今何と?」
「あ・・・う、あ・・・い」
「・・・気にせずとも、よい。拙者が共におりたいだけでござる」
隣で座る身体にそっと腕を回す。
傷付いた身体を労わりながら、肩を抱き、身を寄せる。
こんな会話の遣り取りも、明日になれば似蔵の記憶は薄らいでいる。
今を、ただ、生きているだけ。
それでもいい、生きているなら。
明日が来れば、何かが変わる希望があるから。
似蔵は見えない目で万斉を見詰める。
彩りうつろう光を、じっと見詰めるように。
言葉に成らない問いかけに、優しく応える光。
それが、今の似蔵の全てだった。
もっと、傍に居たい。
その願いが、日に日に意識の中で自我を呼び起こす。
この光を、掴みたいと。
掴まれている事を、この光は望んでいるのだと。
忘却の彼方で己が告げる。
「似蔵殿、明日は外に出かけぬか?。そぞろ歩くには良い季節でござる」
「・・・ん」
光と音と、人斬りと血の匂い。
二人だけが通じ合える、曖昧で確かなもの。
戦乱の時勢にあって、独りで生きることは珍しい事ではなかった。
誰もが皆、己一人を活かすのに精一杯だった。
人を斬るのも、己の為だけ。
闇と騒音の中には、いつも自分ひとり。
そして、出逢った。
光と音が引き合わせた、血塗れた一つの道に。
一人で生きた二人が、初めて誰かの為に生きる道。
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