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08気付いた頃には時既に




さっきのあの出来事のせいで私の部活へ行く意欲はすっかり削がれてしまった。でもテニス部には私ひとりしかマネージャーがいない。跡部だけのせいで他の200人もの部員たちに不自由な思いをさせるわけにはいかない。
あーあ、なんだかんだ言ったって結局私にはマネージャー業が染み付いてしまっている。愛他主義なんだ、きっと。



「よう唯子」

「…侑士…」

「なんや元気あらへんなあ」



まだ部活の時間には早い。部室に入れば優雅にティータイムを満喫している侑士がソファで寛いでいた。姫さんもどうや?なんて言いながらかちゃりとティーカップを差し出してくる。ふわり、と紅茶の香りが気持ちを落ち着かせる。




「…やんなっちゃう」

「どないしてん」



侑士ならと思ってさっきあった出来事を事細かに話した。たった何秒かの出来事だったのに五分もだらだらと喋っていた。侑士が適当なところで上手く相槌を入れてくれるものだからつい饒舌になってしまう。
全部話し終えたところで静寂が私達を包んだ。そんな静寂を打ち破るかのように侑士はいつもの低音ボイスでふーん、と呟いた。
すっきりした、ありがとうとだけ言って早く着替えてドリンクでも準備しようと立ち上がると侑士は「ちょい待ち」と私の手首を掴んだ。



「…何?」

「俺は唯子にも非があったと思うで」

「なん、で」

「貰いもんを人にあげたんやって?そら怒るわ」

「は?跡部が?ありえないじゃん!」



なんで侑士が知っているのかは疑問だったけどそんなこと気にしていられない。跡部が怒る?私のこと嫌いなのに?
私は必死に泣きたくなるのを堪えているというのに侑士は平然とした顔でじいっと私を見ている。心の中を見透かされているようで怖い。体内に流れる血液が冷たく感じる。
私が悪い、の?
岳人たちにあげたから?

わからない、わからない。


ごちゃごちゃになった頭はすでに思考回路がショートしてしまった。よくわからない感情は液体となって瞳からとめどなく流れる。
そんな私に侑士はす、とハンカチを差し出し優しく頭を撫でてくる。



「自分、混乱しとんやな」

「…っ、ぅ…」

「すまんなあ、泣かせるつもりやなかってんけど…」

「う、るさい…っ」

「ほんまは逆なんとちゃうん、本当の自分の想い」

「…は、ぁ?」

「逃げたらあかんよ。一回よう考えてみいや」




そのハンカチはやるからと最後に微笑み再度ぽんと私の頭を撫でてから侑士はラケットを手に取り静かに部室から出て行った。

侑士がいなくなったあと、ソファに座って考えてみる。本当の想い?私が跡部が苦手ということ?そういえばなんで避けるようになってしまったんだっけ。あ、そうだ確か一年生の時のあいつの誕生日。改めて跡部の人気の高さに愕然としたのは覚えてる。そう、それで…、




思い出した。
私、跡部のことが好きだった。

けれど誰かを好きになったことがなかった私にはその感情がよくわからず否定し消し去ろうとした。たくさんの女の子に囲まれている跡部を見てると切なくて苦しくて。
だから自分自身に「私は跡部が嫌いだ、苦手だ」と暗示を掛けた。自己暗示にすっかり侵食されてしまって、いた。


ああもう、でも遅すぎる。今更気付いたところで跡部が私を嫌いになったという事実はどうにもならない。


涙は止まらず溢れつづけ、部室に入って来た長太郎と若はビックリしたように駆け寄ってくる。
長太郎は長太郎で「どうしたんですか?」とか「何かされたんですか?」と心配そうに眉を下げ、若は珍しく心配そうな表情をし静かに涙を拭いてくれた。
二人の優しさは今の私にとって涙腺を緩める薬にしかならないよ。



(涙よ、はやく止まれ)



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