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09逸る気持ちに急かされて



私が泣いたことはあっという間にレギュラー陣に知れ渡り「あの唯子が泣いた」と広まった。私だって泣くわ、女の子だもん!と言ったら若に貴女バカですかと突っ込まれた。
よりによって部室で泣くなんて。あとから来た岳人、ジロー、おまけに宍戸にまで見られて驚かれた。(あ、掃除のこと言ってないや)



「…大丈夫かよ唯子」

「もう大丈夫…」



赤くなった目をごしごしと擦っていたらたまたま泣いてる私に遭遇した滝が濡らしたタオルを目に当ててくれた。ひんやりと気持ちいい。



「つーか唯子が泣くなんてよ、槍でも降るんじゃねえ?」

「あ、ありえるC!」

「お前らぶっ飛ばすぞ」



濡れタオルを目の上に置いたまま聞こえた失礼な元気っ子二人の声。けらけらと可笑しそうに笑っていやがる。まあ私が泣くなんて確かに珍しいけどさ、そんな笑わなくてもいいんじゃないか。
目の赤みもだいぶ落ち着いた頃ふうとひとつ息を吐いてからもう一回深呼吸。



「で、何で泣いてたわけ?」

「あー…うん、気にしないで」

「そう言われたら気になるってもんだろ!」

「うるさいミソっ子!」



泣いてた理由なんて例え日本が沈没したって言いたくない。あんなに嫌いだ苦手だって言ってたのに今更「私跡部が好きでした」なんて言えない。絶対「はあ?」みたいな微妙な雰囲気になるに決まってる。
どうすべき、なんでしょう。




「ああ、泣かしたん俺や」


ガチャリと部室のドアを開ける音がしたと思えば肩にタオルを引っ掛けてのんびりと登場する侑士。
意外と泣き虫でビックリしてん、なんてこいつも可笑しそうに笑っている。全くなんて失礼なやつらの塊なんだ、この部活は。




「忍足?何したんだよ」


ちょっとピリッとした口調で宍戸が侑士に問い掛ける。



「ああ、ちょっとな」


侑士は軽く流すかのように小さく笑ってから言った。その答えに宍戸は納得いかないと言わん勢いでキッと睨み付けた。
そんな宍戸に侑士は苦笑いを漏らしてからちらっと私を見る。私の横を通ると通り過ぎ様にぽんぽんと肩を叩いた。そして小さな声で「跡部、今生徒会室やって」と教えてくれた。ぐるりと振り返ると侑士はぱちりとウインクをした。


「可愛くないっつーの」

「俺のウインクなんてかなりのレアもんやで?」



相変わらず宍戸からの視線はちくちくと痛いけれど侑士の些細な優しさにありがとうと消えそうな声でお礼を伝えると、侑士は頑張れというような笑みを返してくれた。

今日は帰るね、とだけ言い残して部室を後にした。宍戸に待てよと呼び止められたけどごめんね、聞こえないフリ。気持ちは生徒会室に早く行きたいと身体を急かす。
部室から出ると岳人とジローの侑士を問い詰める声が聞こえた。ありがとう、侑士。なんて嫌味なヤツだろうと思ってたけど、やっぱりいいヤツだよお前。






「…何でだよ、唯子…」



宍戸の小さく絞り出された悲痛な声は真っ青な空に吸い込まれた。もちろん私はそんなこと、全く知らなかった。




(早く言いたいよ、本当の気持ち)
(何で言ってくれねえんだよ、)




NEXT.





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