いつわりびと
不意打ち(空閨)
その出来事・・・というより事件はとある日の昼下がりに起きた。
その日はとてもいい天気で、閨はお菓子を作ろうとしていた。
星占いの本で、お菓子作りをすると好きな人と距離が縮まるとあったからだ。
(・・・・ありませんわね・・・・最後に使って、しまったのは確かここらへんだったと思うのですけれど・・・。)
閨は道具が中々見つからなくて困っていた。
(あ!確か高い棚の一番奥にしまったはず・・・・。)
思い出して、台に乗って棚の奥を探した。
確かに道具はそこにあったのだが奥にあって手が届かない。
何とか背伸びをして手を伸ばすが、やはり届かない。
「ねーちゃん、何しとん?」
「きゃわっ!!・・・あ、空さんでしたの。お菓子を作ろうと思って・・・。」
驚いて下を見下ろすと空が側に立っていた。彼女が思っている人。
「お菓子かー楽しみやなあ。何、手が届かへんの?ねーちゃんはちっこいからのー。」
ケラケラと空が笑う。
こうやってすぐにからかうところが空だと閨は思った。
「わ・・・笑わないでください!私だって、このくらい届きますわ!」
恥ずかしくてなのか、ムキになってか顔を赤くして一生懸命背伸びをする。
手に物が触れるのがわかる。
そして自慢げにそれを掲げる。
「ほら!届きましたわ・・・・・っ!?」
足をのばしすぎて、体のバランスが崩れた。
台が傾き、体が宙に浮かぶのがわかる。
「ねーちゃん!!!!」
この瞬間、何が起きたのかわからなかった。
閉じた目を開けると自分が空に抱きかかえられている、というより自分から抱き着くような形になっていた。
そして唇に妙な感触が・・・・
「――――――――――――!?」
空の顔が目の前にあり、自分の唇と空の唇が合わさっている。
この状況を理解するまで数秒かかった。
先に口を離したのは、空だった。
「――ねーちゃ・・・・。」
「き・・・・・き・・・・・・・」
閨は空から降りた。
自分でも顔に血が上っていくのがわかった。
そして・・・・・・
「ごご・・・・・・ごめんなさいいいいい!!!」
空が何かを言う前に閨はその場から逃げだした。
ということがあったのが、つい3日前。
あれから台所に戻ったら、空はいなかった。
普通にみんなで会ったりはできるのだが・・・・まともに顔を合わせることができなかった。
話しかけることもできなかったし、向こうもそうしてこなかった。
(空さん・・・あのことどう思っているのかしら・・・・。ももももし、軽薄な女だと思われていたら・・・・。)
何となく避けられている気がするし、もしかしたら嫌われてしまったのかもしれない。
占いを信じてまさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。
距離が縮まるどころか、遠くなってしまった。
(・・・・ここは、薬馬さんに相談しましょう・・・・。)
部屋に行くと、薬馬は薬の調合をしていた。
「ん?閨、どうしたんだ?」
「あ、あの・・・・相談があるんですけど、お忙しい・・・ですか?」
「大丈夫だ。なんかあったのか?」
「実は・・・・・」
薬馬に3日前の出来事を話した。
話したら笑うかと思ったが薬馬は笑わなかったし、真剣な表情で聞いてくれた。
「なるほどな・・・。最近、変だと思っていたんだがそういうことがあったのか。」
「ええ。本当・・・どうしたらいいんでしょう。嫌われてしまったのかしら・・・・。」
「うーん、俺はとりあえず謝ったほうがいいと思うぜ。嫌われていてもいなくても、ちゃんと誠意を伝えないとな。わざとじゃねーんだし、空もきっと許してくれると思うぞ。」
「・・・・そうですわね。こうやって悩んでいても何も始まりませんわ。早速行ってきますわ!」
頑張れよーと薬馬が送り出してくれた。
(やっぱり薬馬さんは頼りになりますわ・・・お母様みたい)
くすりと閨は笑った。
閨は空を探した。心当たりはある。
空は木の上にいた。
彼は木の上で、空を見上げていた。
閨は勇気を出して話しかけた。
「あ、あの・・・・空さんっ!」
「・・・・なんや?」
空が木から降りる。
閨の顔は見ずに、そっぽを向いていた。
それでも、閨はまっすぐに空を見つめた。
「こっこの前のこと・・・・なんですけど・・・・」
「この前?」
「み、3日前のことですわ!」
「・・・・ああ。」
やはり態度が冷たかった。
「あの、あんなことをしてしまってごめんなさい。わざとじゃないんですの。あと、助けてくれてありがとうございました。お礼もまだでしたわね。」
空は黙っていた。
閨は不安になったが自分の気持ちを伝えなくてはと思った。
「ほんとに、ごめんなさい・・・・。不愉快な思いをさせて・・・・しまって・・・・・・」
自分でも喋っていて悲しくなる台詞だった。
空が自分に気持ちがないとわかっていても、それでも悲しかった。
涙が出そうになったので、頭を下げた。
これが、自分の精一杯の気持ちだ。
沈黙が続く。
そして頭の上から声が降ってきた。
「ねーちゃん。」
「は・・・はいっ。」
顔を上げた。すると目の前に空の顔があった。
驚いて閨は少し後ずさった。
「ねーちゃんは、ワシのこと嫌い、なんか?」
「えっ?」
思いがけない質問だった。
気のせいか、空の顔が悲しそうに見えた。
「・・・・・嫌い、ではないですわ・・・・。」
「じゃあ、好きか?」
「ええっ??」
もう何が何だかわからない。
空は何がしたいのだろう。
閨の頬がほんのり赤く染まる。
「・・・・・・好き、ですわ。」
「・・・・さよか。」
恥ずかしくて俯いた。
また沈黙が続いた。
「ねーちゃん。」
また顔を上げる。
すると突然空は唇を重ね合わせてきた。
触れるだけの口づけ。
数秒ほどで空が離れる。
閨は体全体が沸騰するような感覚がした。
「うっうっうっ・・・・空さん!?」
「これ、前のお返しな。」
カカカと空は笑った。
空が自分の前で笑うのを見るのは久しぶりだった。
「ワシ、やられたらやりかえさな気が済まんねん。」
閨は声を発することができなくて、口をパクパクと開いていた。
「なあ、ねーちゃん。ワシな、ねーちゃんのことが好きやねん。」
「!!!!!!!!!!!!!」
あまりにも恥ずかしくて意識が朦朧としてきた。
「でな、ワシと、付き合ってくれへん?」
閨はもう気絶寸前だった。
だけれども、空が自分の目をまっすぐ見るので閨は返事をしなければと思った。
だがすぐには声が出ない。
「ま、断るなんて許さへんけどなぁ。なんせ、お互いにキスした仲なんやし。」
空がニヤニヤと笑う。
その衝撃的な言葉に閨は・・・
「なっあっかっ・・・・・・!」
奇声しか出てこない。
「で?返事は?」
「あっ・・・・よ、喜んで・・・・・。」
このひとことが精一杯だった。
「・・・・さよか。」
風が吹き、草のこすれる音が響く。
「なあ、この前作ろうとしてたお菓子作ってくれへん?」
「はっ・・・はい!」
空が背中を向けて歩くのを閨も追いかけた。
表情は見えなかったが、空の耳が赤くなっていたのが見えた。
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