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いつわりびと
素敵な一日(金閨)
「いらっしゃいませ〜」

甘味処、兎桜屋。100年以上続いている老舗だ。
店主の1人娘、閨は店の看板娘だった。
「おお〜閨ちゃん、今日も元気だねぇ。団子2本、もらえるかな。」
「はい!かしこまりましたわ。ありがとうございます。」
元気で明るい彼女は近所でも評判がよかった。

(あら・・・またあの方、来ていますわ。)

閨が視線を向けた先には、ここのところ毎日来ている1人の男だった。
その見た目からは甘味好きとは想像できない、黒が似合うたくましい体をしている男だった。
(きっと、甘味がお好きなのね・・・ふふっ何だか可愛い・・・。)
その背中を見て、くすっと笑みがこぼれる。
そこに突然、この店の雰囲気には似つかわしくない怒声が響いてきた。

「おい!そこのねーちゃん!!ちょっと来い!!!」
「は、はいっ!何でしょう?」
「俺らさ〜退屈なんだよねぇ。よかったら俺らと遊びに行かない?」
どうやら酔っぱらいのようだった。その身なりからして、この人たちは堅気ではないだろうと閨は思った。
「いえ、私はお仕事の途中ですので・・・お断りしますわ。」
「いいじゃ〜ん、ちょっとくらい」
「申し訳ありませんが、仕事中ですので」
「何!?俺らの誘いを断るって言うのか!」

これ以上話していたら騒がしくなるだけだ。
そう判断した閨は深呼吸をして、思い切って言った。

「他のお客様の迷惑になりますわ。これ以上騒ぐのであれば、出て行ってくださいませ。」
こう言えば、怒って出ていくだろうと思った。
しかし・・・

「何だとこのアマ・・・なめるんじゃねぇぞ!!」

元々イライラしていたのか、男の怒りは頂点に達したようだった。
勢いよく手が振り上げられる。
(殴られる・・・!)
思わず閨は目をつぶった。
(・・・?)
何も起きない。
おそるおそる、目を開けてみた。
目の前には、黒い背中があった。



金は毎日、この甘味処に来ていた。
他の店とは違う深い味わいをもったここの和菓子が気に入っていた。
そして、もう1つ気に入っているものがあった。
「いらっしゃいませ〜」
彼女だ。
店によく通る凛とした声、きれいな桜色の髪と紅色の目。
初めて見たときから惹かれていた。
鈍感な金にはこの感情が何なのかわからなかったが、彼女を見るだけで嬉しい気持ちになれた。
(今日も元気そうだな)
突然怒声が響いてきた。
どうやら客が彼女に絡んでいるようだった。

(・・・・・)

黙ってみていたが、男が手を振り上げた瞬間、体が勝手に動いて相手の手首をつかんでいた。

「やめろ。」
「ああ!?なんだテメェは!!」
「・・・へし折られたいのか・・・?」
金は手首を握る手に力を入れた。
「いでででででで!!!」
ぱっと手を離す。
金が相手を睨み付けると、男は怖気づいたようだった。

「ちっ・・・・おい、行くぞ!」

男たちは悪態をつきながら出て行った。

「あ、あの・・・ありがとうございます。」
「・・・大丈夫か?」
「え、ええ。あの、よかったらお礼をしますわ。・・・和菓子とかいかがですか?」
金はしばらく考えて言った。

「・・・桜餅。」
「えっ?」
「桜餅・・・10個頼む。」
「わかりましたわ!少しお待ちくださいませ。」

数分後、桜餅が10個が皿に盛られて運ばれてきた。

「お待たせしました。」
「・・・お前も食うか?」
金は自分の隣を指さして言った。

「えっ・・・じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
すとんと金の隣に座った。

「あの・・・まだ、お名前聞いてませんでしたわね。」
「・・・幻驢芭金。」
「金って、珍しい名前ですわね。えっと、幻驢芭さん、私は」
「金でいい。」
「えっ?」
「名字じゃなくて、名前でいい。」
なぜか彼女には名前で呼んでほしいと思った。
偽りの名字だからだろうか。
「えっと・・・じゃあ、金さん。私は六兎閨と言います。」
「・・・閨。」
ぼそりと呟く。
良い響きの名前だと思った。

「閨ちゃ〜ん、ちょっとこっち手伝ってくれる?」
「は、はい!あ、では失礼しますわ。ゆっくりしていってくださいね。」
閨は仕事に戻っていった。
金はまだ皿に残っている桜餅を見つめ、そして夕暮れの空を見た。
「・・・そろそろ帰るか。」
金は席を立った。
(・・・明日も来よう。)


(明日も金さん、来てくださるかしら・・・)
どんなことを話そう、と考えを巡らせた。

(何だか、今日は素敵な1日になりましたわ)

閨はふふっとほほ笑んだ。


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あきゅろす。
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