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other(Fujimi+α)
Einsatz/5





五十嵐は俺から視線を逸らし、テーブルを見つめながら呟くように話し始めた。

「それが…完全な片思いでして、」

「よくある話だ。」

「俺、諦めなきゃいけないんですけどね。」

「なんだ、もうフられたのか?」

理由を言いづらそうにして、五十嵐が続ける。

「あー…その人にはもう相手がいるんすよ。」

彼氏持ち、か。随分難しいところを選ぶじゃねえか先輩。

「どこで知り合ったんだ?もしかして、同じオケの奴か。」

五十嵐は小さく首を縦に振る。想い人はどうやら、大学のオケ『フロイデ』のお嬢さんらしい。一瞬フジミかと思ったが、五十嵐とそういう仲になりそうな女性は…いないな。

「弦か、それとも管か?」

「…チェロっす。」

ほー、チェロか!じゃああれか…パート練習中に芽生えた恋に違いない。プルトを組んでああでもないこうでもないと議論している内に、楽譜をめくる手が触れ合ったり…はー、学生の恋は初々しい。

「飯田さん、ニヤニヤし過ぎっすよ。」

うっかり顔に出ていたらしい。タバコを吸う動作を口実に、筋肉が上に働いてる口元を隠した。


「勝算はあんのか?」

「たぶん…ダメでしょうね…」

「おいおい、あきらめんのかよ先輩。」

五十嵐は俺の言葉にはたと顔をあげ、こちらを向いた。
本当に好きなら、自分の気持ちを通せば良い。何故他人に遠慮するんだ。これは五十嵐にとって自分の音が変わってしまうくらい重大なものなのに、本人にその自覚がない。どこまでも明るいお前の音を、二度と奏でられなくなったらどうする。俺は、夏の梅雨みたいにじめじめした五十嵐にだんだんと腹が立ってきた。

定期公演が終わったばかりで疲労していた体にアルコールを注ぎ込んだ為か、妙に暑い。こんな量じゃいつもは飲んだ内に入らないのに。



「……お前の悩みの解決策を教えてやろうか。」

「えっ…うわっ!」


灰皿代わりの容器に煙草を押し付け、肺に残った煙を深呼吸と共に吐き出す。そして五十嵐の右腕をぐいと引っ張り、体ごと自分の方へ近付けた。

瞬きするのも忘れて目を大きく開けた五十嵐を近距離でじっと睨む。この表情を見るのは、今日二回目。

どうしてこんなにも頭にくるのか、理由がはっきりとしない。


「奪え」

「…っ」

「そいつの事が本気で好きなら、今の男から奪ってやりゃいいんだよ。他人のことなんか考えるな。」

俺は、想像より低い声で話していた。これじゃあまるで脅しだな。
五十嵐の瞳が微かに揺らいでいる。

「……でも…でもっ、それで本当にいいのかな…って思っちゃうんすよ。笑って話し合える、今の関係で充分じゃないかって…」

「はぁ…どこまでお人好しなんだ。お前の人生の主役は誰だよ。好きな奴でもないし、そいつの男でもない。脇役に真ん中を譲る主役がいるか。」

五十嵐の頭には「略奪」とか「嫉妬」といった言葉が無いのだろうか。いや、あったとしてもそれを軽く上回る愛情があるのかも知れない。何て犠牲的な恋!
五十嵐がどれだけその人のことを好きなのか、俺は思い知らされた。お嬢さんの顔を一度見てみたいもんだな。


俺にはそんな献身的な恋をした経験がない。「奪え」と言ったのも独身の頃実際に使った手段だったし、それが当たり前だと無意識に思い込んでいた。
五十嵐の一途な想いに毒気を抜かれ、何だかすっかり腹の虫が治まってしまった俺は、つかんでいた腕から手を放した。

「はあぁ〜…先輩、今何時だ?」

溜め息をつきながら残っていたビールを呷る。

「あ…10時47分で、」

「なにぃ!?やべぇ、もうそんな時間かよ!先輩悪い、片付け頼む!」

話はまた改めて聞こうと思いながら壁に立てかけておいたチェロケースを抱え、玄関に急いだ。







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あきゅろす。
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