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other(Fujimi+α)
Einsatz/1





市民センターの階段をあがり、目の前の扉を開ける。

いつもの光景、いつものざわめき。

ここだけは、永遠に変わらないような気さえしていた。


あの音が聴こえてくるまではーーー





『Einsatz』





富士見二丁目交響楽団。音楽好きの素人ばかりが集まるこの楽団に、俺、飯田弘が入団したのはおよそ一年前。はじめは、我等がM響のサブコンである殿下…もとい桐ノ院の果てしなき夢に、持ち前の好奇心でのった話であった。がしかし、今となっては俺の中でも大事なオケとなりつつある。


「よ、先輩。」

「飯田さん!お久しぶりっす!」


十程年上の俺に「先輩」と呼ばれ、明るい声で返すこの若者は、フジミの主席チェロ奏者・五十嵐健人。まだ二十一歳の音大生だが、腕は悪くないと思う。プロの楽団から来た俺たちを敬遠することもなく、素直で人懐っこい性格で、練習帰りに飲みに行ったりと、気が付けばよくつるむようになっていた。
そんな五十嵐の異変に気付いたのは、全体練習を開始してまもなくのことだ。

五十嵐の音がおかしい。

いや、おかしいのではなく“感じが変わった”と表現する方が正しいのだろう。

はじめは、定期公演の為にしばらく欠席していた俺の、単なる聞き間違いかと思ったのだが……

まだはっきりとした変化ではないが、何かが違う。


考えている内に五十嵐の表情を見たくなった。一体今どんな顔してチェロを弾いてる?

そろ〜っと目線を横にやろうとした瞬間、殿下とばっちり目が合った。くそ!
はいはい、演奏中はお前さんのタクトから目を離さないから安心してくれ。


目線を殿下に合わせて、頭を回転させる。
さっき、五十嵐に挨拶した時は何ともなかったんだけどなあ。
音が変わっちまうくらいのことがあいつにあった、ってことか………。


知りたい。
知りた過ぎる!
俺のいない間に何があったんだセンパイ!!



俺の探究心に火がついた。フジミが終わったら、五十嵐をどこかへ飲みに誘おう。もちろんサシでな。


この時の俺は、五十嵐に彼女でも出来たんだろう、と暢気に考えていた。もちろん全部聞き出す自信もあった。


あと数時間で「いつも」が壊れることなど俺は知る由もなく、練習に意識を戻した。






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