[携帯モード] [URL送信]

main(Takarazuka)
望郷歌/9





「待て」

屋敷の門をくぐろうとする女達を、クマソの門番が声をかけて止めた。

一番前にいる黄金色の衣を纏った女の瞳が男に向けられる。宵闇の中、炬の灯りで女の顔を照らすと、少し幼さを残してはいるが美しい顔立ちが現れた。唇には薄い笑みを湛え、軽い足取りで男に近付いてくる。

「今宵の宴はわたくし共が」

そう言いながら黄金色の女が、後ろにいる酒瓶を持った二人の女に合図をした。二人の女は頷き、男に跪いて瓶の蓋を開けると周囲には上等でふくよかな酒の薫りが広がった。男は炬を瓶に近付けて、中を念入りに調べる体で二人の女の値踏みをする。鉛丹色の女も紅紫色の女も、近くの集落に住む娘よりずっと美しい。夜伽の相手をするには人数が足りず、女達は辛い思いをするだろうと男は心中でほくそ笑みながら門を開けた。これだけの美貌と、しかも良い酒を持ってきたのなら問題はない。これならクマソタケルも満足するであろう。

「ありがとうございます」

女達は深々と礼をし、屋敷の中へと消えた。まさかこの者達が我が身を征伐するヤマトの刺客であったとは、男は知る由もない。





オウスが広間の扉を開けると、そこは既に酒の匂いが充満しており、宴の真っ只中であることは一目瞭然だった。クマソの男達が一斉にこちらを見る。先程までのざわめきが消え、全身を舐め回すような視線が三人に注がれる。そんな中、女と言えども警戒したのかそれとも他の理由があるのか、縄で後ろ手を縛られた娘達が奥の部屋へ連れて行かれる様子をオウス達は視界の端で捕らえた。恐らくあれがさらわれた姫君。

サルメとサダルが広間の左右に進み、酒瓶を床に置いて舞の姿勢をとったのを確認すると、オウスは両手で持った布で顔を隠しながら、一族を率いる青年、クマソタケルの兄弟がいる中心へと踊るように進む。オウスはクマソタケルの兄弟とこの時初めて相見えたのだが、噂通りの鋭い眼光と恰幅の良い姿にこれは手こずりそうだ、と感じた。でも恐ろしくはない。横には大切な仲間、サルメとサダルがいるから。


普段より幾分か高い声でオウスは歌い出す。集落の娘に教えてもらったその歌は、恋人への熱い想いを胸に秘めながらもうすぐ訪れる二人きりの宵を心待ちにしている、と歌ったもので、オウスの心がこれに共鳴する。


恋の歌にさえ君を想ってしまう。サダル、愛している――


オウスの切ない歌声はすぐに周りの者を魅了し、それに合わせて舞うサルメとサダルの美しさも相まって広間の緊張感が溶け、甘美なものへと変貌していく。


舞と歌を一つにする為にオウスの歌を注意深く聴いていたサダルは、歌に驚きほんの一瞬だがぎこちない動きをしてしまった。失敗したと背中に緊張が走り、クマソの男達を見たが酔いが回っているのか怪しむ者はいなかった。


オウスは今なんと歌った?


真意が知りたくて視線をオウスに合わせると、オウスはサダルだけを見つめていた。オウスの瞳は哀しげでまるで泣いているような、もしかしたら本当に涙が一筋流れているのかもしれない。

…オウスが、泣いている?どうしてあんな表情をするのだろう。しかし、このような時に目が合ったことを考えると、オウスの歌はサダルに向けられたものだったのは明らかで、オウスがサダルをどれだけ想っているのか、愛しているのか伝わってくる。


…私に、それに応えろというのか。そんなこと、出来るはずは…


サダルの脳裏に、微笑み合うオトタチバナヒメとオウスの姿が浮かんだ。







[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!