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main(Takarazuka)
望郷歌/4





外のひんやりとした空気がオウスの熱を落ち着かせていく。
サダルの舞を目の当たりにして身体を動かすことは出来なかったがなんとか平常心を保っていられたのは、サダルと目が合っていなかったからだと気付いたのは、視線が絡んだ瞬間だった。話しかけても言葉すら届かないのではと思わせる表情だったので、まさか自分の方を向くとは考えもしていなかった。心臓の鼓動が早鐘を打ち、血が勢い良く身体を巡る感覚に襲われる。この何とも言い難い気持ちにとどめを刺したのは、サダルの微笑み。ただのそれとは違う、男を誘惑するような、明らかに色気を含んだ妖艶な微笑みだった。オウスは自分の心を見透かされたのではと恐ろしくなり、顔を背けてしまった。サダルのあの微笑みはアメノウズメの血がそうさせるのか、それとも――


「…オウスノミコト」

「サダル…!」

背後から声が聞こえた。オウスが振り向くと、先程からオウスの頭の中を占拠している張本人、サダルが立っていた。

「申し訳ありません…私はオウスノミコトの気に障ることをしてしまったのですね」

「違うよ」

「しかし、」

サダルは辛そうな表情をしている。オウスは自分の行動がこんなにもサダルを傷付けてしまったのかと心が痛んだ。違う、そんな顔が見たい訳じゃない。なんとかこの気持ちを伝えようと、オウスはとっさにサダルの手を握った。舞い終えたばかりだというのに、サダルの手は随分と冷たかった。

「違うんだ。君があまりにも…」

「私が…?」

「あまりにも、美しかったから…それで…」

サダルはオウスの突然の賛辞に動揺しながらも次の言葉を待った。一方オウスは顔には出さなかったものの、心の内は「それで…」の後に続くはずだった言葉を頭の中で反芻して驚愕し、思考が止まった。今オウスの目の前にいるのが以前出会ってから憧れていたオトタチバナヒメなら話は簡単だったが、相手が男とあらば別だ。サダルに“一目惚れした”なんて言えるはずがない。握った手から伝わるサダルの体温が冷たいものから暖かいものに変わっていくことでオウスは我に返り、ぱっと手を離し言葉を探した。


「あ……だから……私に舞を教えて欲しい!」

「舞ですか?」

「クマソタケルと闘う時に屋敷へ女装して忍び込むことは知っているね」

「はい」

「だから相手を上手く油断させて近付く為に必要なんだ」

「オウスノミコトは芸事がお上手でいらっしゃると伺っておりますが、私でよければ」

「ありがとう。では明日から一緒だね。宜しく頼むよ」

「こちらこそ宜しくお願いします」

本心を悟られないよう急に思い付いて言ったことだったが、サダルはすんなりと了承した。どうやら無事に隠せたようだ。安堵したオウスが握手を求めるとサダルはすぐに答えてくれた。


遠くの方からサダルを呼ぶサルメの声が聞こえる。

「あ、サルメが呼んでおりますので…」

「サダル」

サダルは握手を離そうとした手を引かれ、オウスに身体を預ける体勢になってしまった。何が起きたかいまいちよく分からないサダルの耳元で、オウスは呟いた。

「堅苦しい言葉遣いは無しだ、と言ったんだけどなあ」

「もうしわ…あ…オウス、すまない…」

「うん。それがいい。嬉しいよ」

オウスは少し幼い表情で笑いながら、身体をゆっくりと離した。

「おやすみ、サダル。サルメにも“素晴らしい舞をありがとう”と伝えてくれないか」

「わかった。では」

去り際にサダルがオウスに残した笑顔は透き通った水のように心を穏やかにした。

「今夜は眠れそうにないな…」

明日から始まる旅で、サダルはどんな表情を見せてくれるだろう。今までに感じたことのない高揚感の原因は分かっていたが、オウスはゆっくりと深呼吸をして気持ちを闇に紛らわした。







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あきゅろす。
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