君は僕のもの僕は君のもの
2
「どもり癖なんてきっと簡単に直せるよ。僕も一緒に練習するからさ」
親切顔で協力を言い出しのは、もちろん少しでも岩立を独占したい下心ゆえだった。
岩立は初めの音を出すタイミングが分からず、発音もたどたどしくなると言う。
特にサ行、タ行の発音が苦手なようだ。
僕の苗字など、上手く発音しようと力むと、ほぼ間違いなくどもってしまう。
「し、し、清水」
「清水って言いにくい?なら、下の名前で呼んでいいよ」
「え…」
何気なく述べた提案に岩立が蝶の瞬きを見せたので、僕はああ、と早合点した。
「僕の名前分からない?春お…」
「はるおみッ」
突然呼ばれた名前に、僕は雷に打たれたように背筋を伸ばした。
びっくりした。
僕自身の存在を掴まれた心地がした。
いかにこちらを驚かせたか知らない岩立が、懸命に言い募ってくる。
「春臣だろ?し、知っている」
「そう」
「あの、春臣も、ぼ、僕を…」
岩立の申し出を僕が断る筈がない。
「名前で呼んでいいの?分かった、初音だよね」
名前呼びだって?
嬉しいことにさらに距離が縮まった。
込み上げる喜悦を押し隠し、優しさを意識して僕は微笑んだ。
「初音、頑張って直そうね」
「う、うん、ありがとう春臣」
「ははっ。なんか、この年になって名前で呼び合うのも恥ずかしいね」
「そ、そうだね…」
照れくさそうに笑う初音が静かに呟いたその音を、僕の耳はまだ覚えている。
「僕の名前を覚えていてくれてありがとう、春臣」
さして掛からず、初音はすらすらと流れるような流暢な口調を手に入れる。
僕は僕だけの彼の声に聞き惚れた。
蝶の瞳の次に、耳の奥を撫でるような独特の響きを、僕は愛した。
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