君は僕のもの僕は君のもの

「どもり癖なんてきっと簡単に直せるよ。僕も一緒に練習するからさ」

親切顔で協力を言い出しのは、もちろん少しでも岩立を独占したい下心ゆえだった。
岩立は初めの音を出すタイミングが分からず、発音もたどたどしくなると言う。
特にサ行、タ行の発音が苦手なようだ。
僕の苗字など、上手く発音しようと力むと、ほぼ間違いなくどもってしまう。

「し、し、清水」
「清水って言いにくい?なら、下の名前で呼んでいいよ」
「え…」

何気なく述べた提案に岩立が蝶の瞬きを見せたので、僕はああ、と早合点した。

「僕の名前分からない?春お…」
「はるおみッ」

突然呼ばれた名前に、僕は雷に打たれたように背筋を伸ばした。
びっくりした。
僕自身の存在を掴まれた心地がした。
いかにこちらを驚かせたか知らない岩立が、懸命に言い募ってくる。

「春臣だろ?し、知っている」
「そう」
「あの、春臣も、ぼ、僕を…」

岩立の申し出を僕が断る筈がない。

「名前で呼んでいいの?分かった、初音だよね」

名前呼びだって?
嬉しいことにさらに距離が縮まった。
込み上げる喜悦を押し隠し、優しさを意識して僕は微笑んだ。

「初音、頑張って直そうね」
「う、うん、ありがとう春臣」
「ははっ。なんか、この年になって名前で呼び合うのも恥ずかしいね」
「そ、そうだね…」

照れくさそうに笑う初音が静かに呟いたその音を、僕の耳はまだ覚えている。

「僕の名前を覚えていてくれてありがとう、春臣」

さして掛からず、初音はすらすらと流れるような流暢な口調を手に入れる。
僕は僕だけの彼の声に聞き惚れた。
蝶の瞳の次に、耳の奥を撫でるような独特の響きを、僕は愛した。


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