君は僕のもの僕は君のもの

教室にいる誰よりも、見栄えの悪い少年だった。

まだ小学校を卒業したばかりなのに、中年の男よりもひどく膨張した身体。
ちぢれた癖っ毛。低い身長。
おどおどと周囲の様子を伺いながら、自分の机に頭を項垂れている。
近くの席の女の子は気味が悪そうに目を背けているが、無理もない容姿だった。
もし人を外見だけで上下を位置付けるならば、彼は所謂最低ランクだ。
僕が可でもなく不可でもなく、まあまあ普通と評価されるなら、彼はそれより下を行く最下層の人間だった。
いかにも苛められてきたような奴だ。

誰か僕の理想に叶う人間はいないかと見渡し吟味していた教室で、僕は彼を見つけた。
相撲部の人だろうかと考えたが、だらしなく丸まった背中に、いや、ただの肥満なのだろうと思い直す。
さすがの僕でも、彼ならば独占して良いと言われても困るなあ。
そう思いながら猫背を眺めていると、不意に当の彼が振り返ったので、どきりとする。
音を立てて目が合ってしまい、僕は仕方なく歩み寄り、挨拶をした。

「はじめまして、僕は清水春臣」
「あ、あの、い、岩立初音、です」

うわ、太っている上にどもってる。
これは中学でも苛められる部類だな。
岩立の縮れた短髪を見下ろし、僕は胸中でこいつには近付かないでおこう、と決めた。
前科のある人間としては、あまり騒ぎの起きそうな人物の傍にいたくない。

「どこ小の出身?」
「み、南岡小学校。し、清水くんは?」
「清水でいいよ。僕は和田浦小」
「和田浦?ごめん、知らないや。こ、ここらの学校じゃないよね?」

その通り。
小学校での無思慮な振る舞いのせいで、すっかり居辛くなってしまった地元から、僕はわざわざ逃げ出してきたのだ。
そんな理由もなければ、早朝の起床に苦労しながら約一時間半の通学路をせっせと通う訳がない。

「まあね。岩立は地元みたいだけど、クラスに知り合いはいる?」
「い、いるよ」
「なんで話しかけないの?」
「み、みんな、新しい友達を作るのに忙しそうだからね。じゃ、邪魔になってしまう」

どうやら間抜けな見た目と反して、頭の回転は悪くないらしい。
僕の意地悪な質問に卑屈になることなく、上手くかわした。

「ふうん」
「し、清水は?知り合い…」
「僕?実はね、一人もいないんだよ」
「え、そうなの?」
「うん、この中学、結構地元から遠いから。他のクラスにもいないんだ」
「そ、そうか」

もごもごと曖昧な答えを返し、岩立は僕に向けていた首を再び自分の机の方に戻し、俯いた。

「ご、ごめんね、引き止めてしまって。話しかけてくれてありがとう」

そして、自分から僕を離そうとするそぶりさえ見せる。
友達という味方を作る、絶好の機会であったのに。
自分といたら厄介なことになるという、優しげな思惑が垣間見えるのは、ただの思い過ごしだろうか。
岩立は、いずれ自分に訪れるだろう現実も理解しているのかもしれない。
ただの愚鈍な肥満体ではない証拠だ。


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あきゅろす。
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