君は僕のもの僕は君のもの

「違うよ」

僕が静かに首を振ると、彼は目に見えて安堵し、肩を撫で下ろした。
仮に好きな奴とやらができたとしても、僕は彼にその事実を伝えないだろう。
もし一度頷きでもしたら、彼は何をするか分からない。
純粋さは狂気と、一途さは妄執と紙一重である。
危ない橋は渡らぬに越したことはない。
まあ、そのような処々の都合を含むものの、彼に返した僕の答えはとりあえず嘘ではない。
僕に好きな人は、いない。
一人として。

「なら、何でなんだ」

苦しげに疑問を吐き出す彼に、とうとう僕は本当の理由を告げてしまった。

「初音、君が変わってしまったから」

彼、初音は僕の返答が全くもって理解不能だ、と言わんばかりに顔をしかめた。

「春臣、意味が分からない」
「君は本当に変わってしまった。どうか戻って、戻ってよ。前の初音に」
「そんな。春臣、僕は君のために変わったんだ」
「僕はそんなこと望んでいなかった。元のままの君が良かった」
「春臣、僕が変わったのは、ずっと君の隣にいたいがためだ。何故それを、よりにもよって君が否定する?全部春臣のためなのに」
「だから、誰がそんなことを頼んだよ?」

いらいらと僕は机を叩いた。
木で出来たテーブルが揺れて、二脚のコーヒーカップがか細い悲鳴を漏らした。
すっかり冷め切った黒い液体が繊細な陶器の縁から身を乗り出そうとするが、構っていられる余裕はない。
普段から温厚で通している僕の、並々ならぬ怒りに彼は気付いたのだろう。
理不尽さを正そうとする実直な態度は影を潜め、ひたすら僕の顔色を伺う臆病者が現れた。
だが、それさえ僕の苛立ちを増幅させる要因でしかない。

「体脂肪が一桁になったって?おめでとう、全身筋肉じゃん。無駄な脂肪なんて、君の身体から消え失せたんだね。肩も腕もがっちりしてさ。君は着痩せするから分かりにくいけど、本当に逞しい良い体になったよ。半年前の君と今の君を並べても、同一人物だって分かる人はまずいないだろうね」
「ジムに通ったから…」
「お疲れ様。顔も恰好良くなったね。整っているというか、端正な面差しって言うのかな。君がそんな綺麗な顔立ちをしているなんて、僕でも知らなかったよ。何それ、整形?嘘だよ、僕はずっと見ていたからね、そんなことないって知っている。僕が気に入っていた一重もそのままだし」
「それなら良かった」
「何がいいものか!」

ついに我慢の限界の来た僕は、声を上げて席を蹴った。
戸惑った表情で僕を見上げる初音。
僕を見つめる涼しい一重の瞳は、そのままなのに。
彼は変わってしまった。

店中の視線が僕たちに突き刺さっている。
以前の初音はこんなに簡単に人目を惹く、女の群がるような甘い容貌ではなかった。
僕がずっと側にいたのは、こんな男じゃない。
返せよ、僕の初音を返せ。
こんな男は知らない。
初音を返せ!

「春臣…それでも僕は」
「100kg越えの初音を返して!」

叫び、変貌し切った彼にほとんど口にすることのなかった冷めたコーヒーをぶち撒けてから、僕は喫茶店を飛び出した。
椅子に掛けてあったコートを引っ掴んだのは、無意識が働いたせいだろう。
冬も終わりに近いとは言え、まだまだ冷え込む季節だ。
白い吐息を零して早足で進みながら、中学生らしいやぼったいダッフルコートを乱暴に着込む。

小走りになって店から遠ざかる僕は唇を噛んだ。
初音は変わった。
内面だとか心のありようではない。純粋に容姿のみを指しての言だ。
初音は変わってしまった。
文字通り、読んで字のごとく。

0.1tあった僕のただ一人の人は、街を歩けば誰もが振り返る美しいスリムな少年へと、姿を変えてしまったのだ。


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