君は僕のもの僕は君のもの

二年に進級すると同時に初音へ寄越された打診に、頷いたのは僕だった。

「いいんじゃない、やれば?何だか面白そうだよ」
「でも春臣、僕は一年のときは役職に付いていなかったし、何の実績もない」
「これから実績を作ればいい話じゃないか。ねえ、学園を裏から支配して、操るのってどう?君は悪の総帥、枢軸、ラスボスになれるよ」
「……そんなつまらないことをして、どうするんだよ」
「さあね。高校時代の思い出作りに、華を添えるようなものかな。なかなか飽きそうにない遊びだと思うけれど。まあ、君はせいぜい過ごしやすい学園生活を僕に提供してくれないかな」

僕は常に初音の側から離れなかった。
正確には初音が僕の後を始終追い回していただけなのだが、周囲の目にはそうは映らなかったのだろう。

釣り合いの取れない一対でありながらも、光と影のように寄り添い合う初音と僕の噂は、今でも日常的に取り沙汰されている。
初音が僕に弱みを握られているのではないかという風説もあった。
また、初音は変わった趣味の持ち主なのではないかとも騒がれた。
どうにも僕にはよろしくない怪聞が多い。

初音は僕としかまともに会話をしないため、自然と僕は他人と初音が繋がるための窓口となった。
僕は穏やかながらも社交的な性格で、友達も多い。
だから初音を慕うあまり僕に反感を持つ輩も、手をさしこまねいている。
第一、僕に手を出せば初音が黙っていないのを、この藤ヶ丘で知らぬ者はいない。
僕たちの高校生活は今のところ、概ね良好な具合に過ぎていっている。

一般的に見れば、僕は優れた彼に付いて回る腰巾着の役、といったところだろう。
皆が大好きな王様に付き従う、目立たず凡愚な取るに足らない道化。
誰も知らない。
孤高の存在として君臨する獅子が、剥製にされたただの張りぼてであることを。
凡庸な道化師の、可愛い操り人形であることを。





真正面にいる彼の手触りの良い艶やかな黒髪を撫で、僕はうっとりと微笑んだ。
手間ひまをかけて世話をした、己の大事なペットの毛並みを確かめる行為にも似ている。

透かし彫りの入った大きな硝子窓の向こうから、グラウンドを走り回る生徒たちの元気な掛け声が聞こえてきた。
階下の教室からは、管弦部だろうか。
後期バロックを代表する作曲家の四季を彩るバイオリン協奏曲が、豊かな張りのある音色で奏でられていた。
もはや僕のものと言っても差し支えはない、広大な敷地と古い歴史を誇るこの学園を、それでも僕は少しも欲しない。

生徒会室の最奥に据え置かれた重厚なマホガニィの机に膝を立てて座り、今日も僕は問い掛ける。

「ねえ初音、君は僕だけのものだよね?」

立派な革張りの椅子に腰掛けた初音は、僕の靴の先にキスを落とし、涼しい一重を愛おしげに蕩かす。
そして蝶の瞳を瞬かせる彼は、身体の奥に響く独特の声音で、いつも僕に優しく囁く。

「ああ、春臣。僕は君だけのもの」


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あきゅろす。
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