君は僕のもの僕は君のもの
苦く冷たい別れ
僕は白く湿った湯気を立てるコーヒーカップを持ち上げた。
飲むことはせず、指の先に取っ手を引っ掛けてくるりと回す。
すると、黒い液体の表面が不安定に揺れた。
ゆらん、ゆらん。
ぼんやりと映った僕の顔も震えて崩れ、一緒に揺れ始める。
ゆらん、ゆらあん。

「何でだよ、春臣…」

僕の目の前に座る男の渋面は変わらない。
眉間に深い皺を刻み、辛そうに涼しげな一重を細めている。
長い睫毛が頬に影を落とす様には、言うに言われぬ憂愁が漂う。
すっきりと整った端正な面立ちを今にも泣き出しそうに歪める彼は、この喫茶店にいる女の子たちの意識を独り占めにしている。
いつだって美形の味方である女性たちの、非難の込められた視線の矢を受けるのはもちろん、いまいち冴えない容貌の僕である。
透き通るような美少年を苛める僕はさて、彼女たちの中では一体、どんな役柄を割り振られているのだろうか。
勝手に泣きそうになっているのは彼なのに、理不尽なことだ。
あまり機嫌のよろしくない僕はふつりと口をつぐみ、紡がれる声に耳を傾ける振りをして、実はカップを回して遊んでいた。
ゆらん、ゆらあん。

「春臣、何で。僕たち、あんなに上手くやっていたのに、何で突然、そんな」

筋張った大きな手の平で、俯いた彼はゆるいウェーブを描く黒髪をくしゃりと掴む。
濡れたように美しい豊かな前髪は長い指の形に沿ってたわめられ、また新しい艶やかな光を宿した。
上品な動作と静かな佇まいは、彼を歳よりもずっと大人びて見せる。
だが、その優雅な仕草がひどく動揺したときの癖なのだと知っているぐらいは、僕は彼の側にいた。

「そんな、別れるだなんて、言うんだよ」

はあ、言ってしまった。
ため息をついて、僕は手にしていたカップを揃いの白いソーサーに戻した。
彼の台詞が耳に届いてしまったようだ。
見た目の釣り合わない僕たちの間で交わされる会話に聞き耳を立てていたらしい、周りのテーブルの人々がざわめいた。
二度とこの店には来れないな。
中学三年生の若い身空で、同級生の男と別れ話のもつれだ。
マスターこだわりの本場欧州仕込みの味を気に入っていたのに。

意識を余所へと飛ばす僕に対し、彼は雑音を気にすることなく僕だけを見つめ、言葉を重ねる。

「何でだ、何で。僕に何か不満なところがあるのか、僕は君に嫌な思いをさせたか」

彼のあまりにも同情を誘う悄然とした姿に、そして周囲からちくちくと飛んでくる矢に、僕は渋々口を開いた。

「違うよ」
「じゃあ、どうして?まさか…」

はっ、と彼は瞬き、切れの長い瞳にぎらぎらと底光る昏い激情を浮かべた。

「まさか、他に好きな奴でもできたのか」


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