君は僕のもの僕は君のもの

いっそ黙らせたいのか、長い手指は僕の頭を掴んで広い肩に押し付け、大きな身体は覆いかぶさるように抱き込んでくる。
顔ごと初音の胸元に押さえ付けられ、苦しくてたまらない。
たまらず、僕は抗議の声を上げようとした。

「なにっ…!」
「頼む!す、捨てないでくれ!」

僕を抱き締める男は、痛みの滲む声音で叫んだ。

僕は唖然とした。
ここをどこだと思っているんだろう。
天下の公道だ、公衆の面前だ。
傍らを通り過ぎる人々が胡乱げな眼差しで、抱き合う僕たちを睨む。
離れようとしてもがく僕を、彼はさらにきつく腕の中に閉じ込めた。

「ちょ、苦し…」
「嫌だ嫌だ嫌だ、は、離れたくない離れたくない、僕は春臣が好きだ春臣が好きだ、す、好きなんだ好きなんだ好きなんだよ、ぜ、絶対に離れたくないずっと一緒にいる、僕は春臣のものだ」
「いらないよ、離せ!」
「言っただろう、で、出来ることなら何でもする、何でも春臣の言うことを聞く、だ、だ、だから離れないで置いていかないで、お願いだから僕を捨てないでくれ」
「いらないったら!君は用済みなんだよ」

僕の言葉を聞いた初音の膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちる。
淡雪によってぬかるんだ地面に跪きながら、それでも初音は必死に僕の身体から手を離すまいとする。
なりふり構わず僕の服に爪を立て、腰に回した腕に力を込めてくる。
冬の厚いコート生地に頬を埋めて、僕の体温を探すように初音は瞳を閉じた。
蝶の睫毛が翅を下ろし、一滴の水晶が滑らかな頬を伝い落ちた。

「僕を捨てないでくれ、な、何でもする。だから僕を、君のものでいさせて…」

血を吐くように男が漏らす譫言を、僕は呆然として聞いていた。
どもりがちにつまる言葉を、それでも必死に喉から絞り出そうとする男。
観衆の目も忘れて道端で醜態を晒す、みっともなく無様な男。
これが、あの冷静沈着で理知的な初音なのだろうか?

初音は見た目ばかりか、その内面までも変わってしまったのか。
いや、そんな筈がない。
では、これが初音の本音なのか。
初音が隠してきた、本当の初音なのだろうか。

もしかして、僕は初音のことを、何一つ知らなかったのかもしれない。
何もかも掌握したつもりになって、実はいくらも初音の真実を手に入れていなかったのかもしれない。
初音は僕のものではなかったのかもしれない。

(そんなことは、許せない)

僕の粘つく熔岩のような独占欲が噴き出した。
初音のことで僕が関知していないことがあるだなんて、許されるものか。
初音は僕に蹂躙され尽くさなければならない。
僕は初音の全てを支配して、手に入れて、所有しなければならないのに。
初音は僕のものなのに。

そうだ、と僕は愉悦に唇を吊り上げる。
そうだ、初音は僕のものだ、僕のものだ、僕だけのものだ!

(初音の全部が欲しい)


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