君は僕のもの僕は君のもの
最期の約束
辺りにはちらちらと雪が降り出していた。
薄曇りの空から白い冬の欠片が舞い落ちて、道行く人の足を急がせている。
どうりで今日は冷え込むと思った。
早く話を終わらせて帰って、火燵で温まりたい。

腕に纏わり付く手の平を払い落とし、白い息を吐いて僕の返事を大人しく待つ彼に、吐き捨てるように答えた。

「落ち着いて話をするだって?僕は落ち着いているさ。これ以上なく冷静だよ」
「春臣っ」
「嘘つき」

えぐるような調子で発した声に、初音は身体を硬直させた。
蝶の瞳が見開かれるのを見つめながら、僕は歌うように繰り返した。

「嘘つき、嘘つき、嘘つき」
「……ぼ、僕の、どんなところを指しているんだ?」

初音がかすかにどもった。
昔の癖が出たのだろうか。
ちらりと考えが過ぎったが、そんな筈はない。
彼のどもり癖は二人で直した中学一年の頃から、一度も再発していない。

「全部だよ。全て。君の何もかも。嘘つきの初音。何が同じ学校の間、だ。少しは気が楽になる、だよ。離れるつもりなんてなかったくせに。嘘つき」
「嘘は言っていない」
「でも真実も言っていない。僕は騙された。限定された期間だから、君と付き合おうと思ったのに。何でも言うことを聞く?嘘つき。じゃあ君は、僕が頼めば今すぐ体重を三桁に戻してくれるの?」
「それは…」
「嘘つき、嘘つき。体質が変わっちゃったから、無理なんだろう?元には戻れないんだろう?じゃあもういいよ、いらない、君なんかいらない、さようなら」

泣きそうに顔を歪める初音に嗜虐心を刺激され、僕は残酷な本性を曝け出した。

「さようなら!僕はね、安心して独占させてくれる人が欲しいんだよ。間違っても、君みたいに煌星のように輝いて、誘蛾灯の如く次から次へと人を引き寄せる人間なんて、求めちゃいないんだ」
「春臣、でも僕は君の側にいたい!」
「初音、僕は君の側にいたくない。僕が一緒にいたいのは、前のような君だよ。誰からも必要とされない君、僕だけが欲しがる君だよ。今の君はいらない、いらない。さよーならー」

戯れにひらひらと手を振ってみせる。
初音は声も出ない様子だ。
漆黒の髪とそれに積もりゆく白雪が、目にも鮮やかなコントラストを街の狭間に浮かばせる。

僕の胸に、ふと言葉にはならない感傷が過ぎった。
ばいばい、さようなら。
さようなら、初音。
僕のものだった初音。
健気な初音、愛おしい初音、僕の初音。
初音。

「初音、君は以前、僕のものになれて幸せだと言ったけれどね。それは君だけじゃない。君が僕のものになってくれて、僕は初めての幸せを知ったよ」

僕が愛した一重の涼しい瞳は、俄かの溺惑と激情に潤んでしまっていた。
あまりにも心ない言葉の数々に目元を染めて呆然とする初音を、だから僕は少しぐらい慰めてあげようと思ったのだ。

「今までありがとう。ひどいことばかり言ってごめんね。でも、今の内に別れた方がお互いにとっても良いと思うんだ。ほら、君の学力なら、まだ志望校って変えられるし」
「嫌だ、何にも良くないっ」
「高校に行ったらね、今よりもっと、みんなが君に夢中になると思うよ。女の子にももてもてだよ。ちやほやと持て囃されて、夢みたいな学園生活が待っている。暗くて地味な過去とは訣別し…」

僕の台詞は途切れた。
初音が僕を、有無を言わさず引き寄せたからだ。


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