君は僕のもの僕は君のもの

真面目な顔で初音は靴の先を見つめている。

「君はいつも、誰とでも仲良くできるし、皆の輪の中に簡単に入っていける人だったから」

そう大したことでもないけどなあ。
僕はただ、適当な付き合いが得意なだけだ。
人の心の動きを予想しようと努める、ずる賢い性分が身についているのだ。

「人との交流の仕方が分からない僕には憧れだったし、羨ましかった。君に置いていかれるようで悲しかった。人と上手く付き合えない自分が、恥ずかしかった」
「そこまで考えなくても…」

僕の知らないところで、初音は色々と悩んでいたらしい。
そんなこと、僕は全く気にしないのに。
初音は僕のことだけを考えていればいいのに。

「でも僕は、堂々と君の隣に立てる人間になりたかったんだ」

顔を上げた初音の一重の瞳が、滲むような熱を帯びはじめる。
途端、嫌な予感が僕の腹をくすぐった。
あ、これは、くるな。

「何より、僕が自分を変えようと思ったのはね、君に自分の気持ちを伝えたかったからだ」
「気持ち…ね」
「突然男に、それも親友にこんなことを打ち明けられても困ると思う。でも言わせてくれないか」

僕が困るって分かっているのなら、止めてほしい。
言わせてくれないかって、お願いの形を取りながらほぼ強制じゃないか。
内心でぶつくさと不満を垂れ流すものの、止める気力さえなくて、僕は言葉なく頷いた。
血のように真っ赤な夕焼けを背に初音が僕へと向き直る。
細くしなやかな体躯の輪郭を縁取る光の粒子。
さらさらと風に揺れる黒髪に、鮮明な赤の残照が光芒の穂先を滑らせる。
形の良い唇が、僕の想像通りの台詞を紡いだ。

「春臣、僕は君が好きだ」

……ああ、もう。

「最低…」
「えっ、何か言った?」
「何でもない」

ぼそりと落とした本音を聞き取れなかったらしい彼にごまかし、僕は必死にこれからの対処について考えを張り巡らせようとした。
どうしよう。
恐れていた出来事が、一番最悪な感じに起こってしまった気がする。

「春臣、僕は君のことが真剣に好きだ。君が同性愛者でないのは知っている。でも、もし出来るならば君と付き合いたい」
「……ええと、それはちょっとどうだろう」
「僕には、ほんの少しのチャンスもないか?僕は誰よりも君のことを理解しているつもりだ。僕は君が楽しんでくれるよう、精一杯の努力をしたいと思う。ずるい言い方かもしれないが、これまで君との間に築いてきた心地良い関係を、僕は失いたくない」

僕も同じだ。この心地良い関係を崩したくない。
そして、もったいないなあ、と僕は眉を潜めた。
これだけ僕好みに仕立て上げた彼を手放すのが、何となく惜しくなってしまった。
外見はどうであろうと、中身は僕の理想であった初音のままなのだ。

僕は試しに彼に問い掛けた。

「僕と君が付き合い出したら、どうなる?」
「僕は君だけのものになる。僕と君は友人なんていう不確かな関係よりも、もっと深く繋がる。僕は真実、君のものとなる」

うわ、何て心惹かれる誘い文句だろう。
まさに、僕のストライクゾーンを打ち抜く答えだった。
だが、待て待て待て。
小学校の六年間で嫌というほど学んだじゃないか。
僕が気持ちを剥き出しにした途端、逃げて行った友人、恋人たち。

「多分君も気付いていると思うけれど、僕は独占欲がとっても強いよ。尋常ではないくらい」
「一生独占してくれても構わない。思うままに僕を縛ってくれていい。君の鎖になら繋がれたい」

間髪入れずに答える初音の面は、真剣そのものだった。
僕の身体の奥が熱く疼いた。
まさに僕が彼に望んでいることだったのだ。

「春臣、もしこの気持ちを君が重いと思うならば、同じ学校にいる間だけの付き合い、というのはどうだろう?それなら、少しは気が楽になるんじゃないか」

僕たちは三年生だ。
中学を卒業するまで、あと半年あまり。
偏差値の差が大きすぎる僕と初音が同じ高校に入ることはないだろう。

「春臣、君は僕を自分のものにしたくはない?」

自分の欲に正直な僕は、軽々と頷いてしまった。


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