君は僕のもの僕は君のもの

「だって、別人みたいだったから」
「うん。ジムで体重落としたんだ。専属のトレーナーに付いてもらって、食生活から見直して、体質も改善した」

初音は無類の大食漢であった。
ストレスを感じると、過食してしまうらしい。
いささか繊細すぎる精神の持ち主である彼は、食べることによって心のバランスを取っていた。
しかも家が裕福なものだから、いくらでもどんなものでも口に出来たのだ。
その、食生活からだって?
どうしてそこまで本格的に取り組む必要がある。
絶食しただけなら、後でいくらでもリバウンドする可能性があるのに。

「ずいぶん背も伸びたね」
「それは前々からだよ。春臣、もしかして気付いてなかった?」

そんな訳ではない。
たしかに初音は、この中学の三年間でかなり身長が伸びた。
いつまでも平均台を保つ僕は彼を見上げるようになっていた。
だが、縦に伸びた分、初音は横にも伸びていたのだ。
全体的に丸々としたフォルムは変わることなく、長身だという印象はあまり感じられなかった。
それが体重が激減したからと言って、こんなにも顕著に分かるものとは思ってもみなかった。

「髪型も違うね」
「ああ、これ?」

美しいウェーブを描く、漆でも塗ったかのように艶々とした黒髪を彼は指先で梳いた。
以前の短めの縮れ毛は見る影もない。

「前はもっと癖が強かった気がする」
「体質改善をしたら、髪質も変わったみたいだ。あと夏休みの間に伸びたのもあるかな」

体質改善をしたトレーナーとやら、今すぐ出てこい。
ぎたぎたにしてやる、と凶暴な気分に支配された僕は、爪を立てて拳を握り込んだ。

こんな見目麗しい男は、僕の初音ではない。
太っちょの初音に会いたかった。
冴えない容貌で誰からも顧みられない初音が恋しかった。
しかし、良い友人を演じてきた僕だ。
思うまま正直に、今の容姿は気に食わないからもう一度前みたいに太れ、とはさすがに言えない。

「どうだろう。僕は、少しは君の側にいてもいい人間になれただろうか」
「何それ?」

唐突に初音の言い出したことが、僕にはよく理解出来なかった。
側にいてもいい、と言われるほど、僕は上等な人間でもない。
いつの間にか、僕たち二人の歩みは止まっていた。


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