君は僕のもの僕は君のもの
訪れた悪夢
「おはよう、春臣。ひさしぶり」

初音の声を持つ知らない男が、初音の笑顔を浮かべた。
僕は幽霊でも見たように色を失って、小刻みに震える指先で彼を指差した。

「は、はつ、ね?」
「うん、そうだよ春臣」

初めて見る筈の少年。
知らない筈の少年。
とても美しい少年。

「初音?きみ、初音?」
「うん」
「そんな、だって君…」
「嫌だな、そんなに驚くことかい?」

神様、と普段なら信じもしない相手に、生まれて初めて僕は縋った。
気がおかしくなりそうだ。
こんなことって、あるのだろうか。

「マジでびびったぜ!本当にあの岩立なのかよ?」
「信じられなーい。岩立くんじゃないみたい」
「お前どれだけ体重落としたの?つーか本当は恰好良かったんだなあ、岩立って」

クラスメートの嬌声に苦笑するその表情は、そう、たしかに初音のものだ。
今では優れた彼の容姿を引き立てる一要素である涼しげな切れ長の瞳も、よく見れば元のままだ。
だが、目に映る姿があまりにも違いすぎる。
世界が絶望にぐらぐらと揺れるのを感じ、僕はそれ以上彼に近付くことが出来なかった。





駅までの二人きりの帰り道が、これほど長く感じたことはない。
晩夏の日差しは柔らかく僕たちを包み、アスファルトの地面に濃い影を滲ませる。
盛りを過ぎた蝉の鳴き声がかすかに聞こえる坂を、僕と初音はゆっくりと歩いていた。

何で黙っていたんだよ、と感情のこもらない声で問う僕に、初音はおかしそうに笑った。
まったく知らない人間と一緒にいるみたいだ。落ち着かない。
穏やかな雰囲気はそのままなのに、どうしてその笑顔を眩しく感じてしまうのだろう。

「本当は、春臣にもダイエットすることを言って、応援してもらおうと思っていたんだ。でも、忙しそうだったから」
「ああ…」

夏休み中に掛けられた再三の誘いは、それだったのか。
何故もっと強く誘ってくれなかったのか。何故僕は断ってしまったのか。
初音の計画を知っていれば、どんな手を使ってでも止めたのに。

「そう。ごめんね、何度も断って」
「いや、いいんだ。その分、どれだけ春臣に驚いてもらえるだろうと想像して、楽しかったから」

だから初音は、先程の僕のあからさまな反応が嬉しかったのだそうだ。
僕は、今にも死んで悪夢を消し去りたい気分だったけれどね。


[*←][→#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!