迷い鳥の飛ぶ空は
3
疲れた自嘲の笑みを唇の端に刻み、庸介はソファーに座る健の手の平に顔を伏せた。
庸介、と呼び掛ける声に、広くて薄い背中がかすかに揺れる。
闇に溶ける黒髪がさらさらと指先を掠めたが、彼によって手首から先を囚われた健には、それを梳いてやることが出来ない。
「たける」
健、健――うわごとのような呼び声が波紋を生み出す。
甘い花の匂いの撒き散らされた空間は、庸介の熱っぽい音で埋められてゆく。
そして、柔らかな輪郭の唇から小さな、それは小さな囁きが零れた。
――ただ、俺が多くを求め過ぎるだけなんだ。
「健は優しい。明るくて、いい人だ。誰にでも好かれて、いつだって集団に属する種類の人間だ」
「そんなこと」
「健は、そういう人なんだ」
断定する語調ばかりが強く揺るぎない。
顔を強張らせた健に気付いたのか、庸介は少しばかりおどけた調子で、健は優しいよ、と温い微笑を見せる。
掘りの深い眼窩に嵌められた黒曜石が、暗く沈んでゆく。
「俺のような人間にだって、こんなに優しくしてくれる」
健の薄い手の平に感謝の口吻けを落とす横顔は、しかし、苦しそうに歪んでいた。
「だからつらい。もっと、って言いたくなる。健が優しい人だから、俺はつらくなる」
「庸介……」
これまでに何度も同じことを健は訂正してきた。
根気強く諭してきたはずだ。
なのに、彼には届いていなかったのだろうか。
健はどうにか誤った認識を正そうと、泣きたい気持ちで言葉を紡ぐ。
「俺が庸介を好きなんと、それは関係ない」
「知ってるよ」
「俺が庸介に優しくするんは、いい人やからやない。お愛想でもない。ただ庸介が好きやから」
「知ってる」
「庸介が好き」
「うん」
「なら――」
「でも駄目だ」
健の言葉を遮り、まだ分からないのか? とでも言うように、庸介はもどかしげに頭を振る。
「駄目なんだ。俺はそれだけじゃ、駄目なんだよ、健」
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