迷い鳥の飛ぶ空は

庸介はぐりぐりと健の頭に頬を擦り寄せる。
幼い仕草に健は笑いを零した。

「健、健」
「なんや、甘えたやな」
「健、会いたかった」

健の目の前にある切れ込んだ鎖骨の窪みが、深い呼吸に上下した。
確かめるように長い指がそこかしこに触れてきて、健は身をよじらせる。

「はは、くすぐったい」
「動かないで」

身じろぐ相手を叱り、身体を起こした庸介は寝転ぶ健の身体を自分に引き寄せる。
長細い腕でがっちりと抱き込まれた健の瞳に、部屋の隅に放置された、壊れた携帯電話が映った。

これでは、誰からの連絡も受けられないだろうに。
今日にでも修理に出した方が良いのではないだろうか。



当の持ち主は、健の存在を感じることに余念がない。
携帯のことなど、頭からすっかり消し去っているに違いない。
だから、捕らえるように抱かれた姿勢で、無駄だと分かっていながら健は提案を口にする。

「庸介、たまには外にでも出えへん?」
「なんで。健は俺と二人っきりでいるのが嫌なの?」
「いや、そうやないけど――あのな、携帯の……」
「じゃあ、いいじゃない」

不機嫌そうに柔らかな輪郭の唇を歪めながら言い放ち、庸介は健の首筋に鼻先を埋める。
ネクタイを抜き、スーツの襟元を焦れたようにくつろげる恋人を止めないでいると、すぐに少しばかり熱の篭った吐息が素肌の上を滑る。
施されるゆるい愛撫に呼吸を乱しながら、健は苦い真実を噛み締めた。

健は庸介を愛おしんでいる。
誰よりも庸介に愛情を与えていた。
だから、分かっていた。

(庸介が、俺の愛で満足することはない)



庸介の愛は極端だ。
その形は健の持つ愛とは対極に位置する。
決して重ならない。
そして、そのことを知った上で健は庸介に愛情を示し続ける。
一番の想いを捧げていると、いつか庸介に伝わることを祈りながら。

「愛しとるよ、庸介」

少しばかりの静寂が迷い込み、空間から音が消え失せる。
僅かな光の煌めく瞳が静かに伏せられ、覆いかぶさった長い睫毛が震えるのを、健は遠い世界のことのように見ていた。

「うん、俺も愛してる」

(足りないよ、もっと)

奥底に隠された筈の声が、重なった気がした。


[*←][→#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!