迷い鳥の飛ぶ空は

だが純粋さとは、えてして曖昧を許さない激しさをも含むらしい。
と、荒れ果てたマンションの一室で健は悟った。

「だって昨日あんた、俺と会わないって……」
「会わないんやなくて、会えなかってん。急に仕事が入ったって……ああ、お前、俺がそう言う前に電話切りおったんや」

しがない中小企業に勤めている健は、休日を返上して出社しなければならないことも多かった。
週休二日制という建前を信じているのは、庸介のような学生くらいだろう。

土曜日の昨日は、庸介と会う約束をしていたのに、間が悪くどうしても外せない用事が入ってしまった。



『あっ、庸介。俺、健やけど』
『うん、どうしたの?』
『堪忍な、お前と会えそうにない。実はな……――』

約束を守れないことを謝ろうとかけた電話を、庸介は初めの一言を聞いた瞬間に切ってくれた。
その後、健が何度かけても携帯は繋がらなかった。
心配になり、庸介の元へ謝罪も兼ねて出向いたのだが、まさか携帯ごと壊していようとは思わなかった。

「ドジやな。お前、家用の電話も持っておらんと、携帯なしでどないするつもりや」
「健からの連絡が来ないなら、携帯なんていらない」
「アホ」

社会人と学生、二人の立場は違う。
そう頻繁には繰り返せない逢瀬を庸介が大事に思ってくれていたのは分かったが、この被害はどう見てもやり過ぎだった。

庸介はときどき子供のような癇癪を起こすが、彼を止めてくれる人はいない。
一人暮らしの学生にしては豪勢なこの広いマンションの一室で、庸介は昨晩どのように過ごしたのだろう。



「健が、俺と会いたくないってことかと思ったんだ」

膝を抱えて長い首を俯け、庸介は抑えた声で呟いた。
染み一つない白い首筋に艶やかな黒髪がかかる様に見とれてしまい、健はごくりと喉を鳴らす。

こういうとき、庸介の愛は極端だ、といつも思う。
そこには0か100か、どちらかしかない。
求めるのなら全てを、切り捨てるのなら一切を。
曖昧模糊な、中途半端な感情など庸介は歯牙にもかけない。
健の持つ愛とは対極に位置する形態だ。

庸介の抱えるような愛を、健は知らなかった。
健にとっての愛とはもっとおおらかで、優しいものであった。
人々の胸に歓迎されて宿るべき善良なものであり、こんな拘束性を秘めたものでは決してない。



「あんまり連絡付かんから、心配で仕事ほっぽり出して来てしもたやないか。そうしたら、案の定や」
「じゃあ、今日はずっといられるの?」
「誰のせいやと……。ああ、今日はずっと一緒におるよ」
「たける、健」

留守番をしていた子犬が家に帰ってきた飼い主に飛び付く必死さで、庸介は腕を伸ばした。
勢い良く飛び掛かってきた庸介に、健は固い床の上で押し倒されて呻く。
健の鳶色の髪に頬を押し付け、その匂いを胸に深々と吸い込むと、庸介は満足げに息を吐いた。


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