迷い鳥の飛ぶ空は

「一度きりじゃ、もったいないなあ」

ホテルを出る前に、また会おうと言い出したのは、健からだった。
明るい鳶色の髪を白いシーツに乱したまま、浅い息遣いで見上げてくる健に、庸介は初め戸惑ったようだ。

「どうして」

汗で額に張り付いた前髪をかき上げながら、庸介はけだるげに問うた。
まだ上気の余韻を残す滑らかな頬を、閉められた薄いカーテンの隙間から漏れるネオンの光が彩っている。

「カラダの相性、抜群やん。俺ら」
「馬鹿らしい……」
「なんや、気持ち良くなかったん? ギンギンにおっ勃てて、俺の中あんなに掻き回しとったくせに」
「あんた、そういうことは口にするな」
「だって、これっきりじゃ嫌や」



ちょうど、馴染みの男が転勤になって別れ話を持ちかけられていた。
健はさして目立つような美形でもない。
だから、そうそう自分の趣味にぴったりと合う男が寄ってくることは少ないのだ。
この貴重な出会いを逃すわけにはいかない。
特定の相手がいないのなら、是非また会ってほしい。
付き纏ったり、恋人面して、面倒なことをするつもりはないから……。

「なあ。また会おう」

そう勢い込んで頼む健の熱意に押されるように、庸介は頷いた。
顔も身体も好みの男と出会えた幸運を、健は素直に喜んだ。
当たり障りのない連絡先を教え合った二人は、その後も幾度、夜の熱を共有した。



何度か身体を重ねる内に、庸介は大学に入ったばかりだと健に告げた。
健はそのあまりにも大人びた雰囲気に驚いた。
三つも年上の社会人である健と、そう変わらない容姿をしている。
達観しているとでも言うべきか、年齢の割に庸介は落ち着きすぎている。

そして、庸介にはどこか危うい儚さがあった。
目を離した瞬間にふと消えてしまいそうな、現実感の欠如した空気を纏っている。
年齢や社会的地位など、庸介には関係ない。
そう思えてしまうほど、彼は浮世離れしていたのだ。

過去も思い出も持っていなさそうな庸介はとても身軽に思えて、健は羨ましかった。
東京から逃げてきたのだろうな、とも思っていた。
親元を離れ、このような地方で暮らしている彼に、寄越される電話や手紙を健は見たことがない。
庸介は古い時間を全て捨てて、この街へ逃げてきたのだろう。

二人の関係が、身体を重ねるだけの乾いたものから、恋人と呼ばれる甘やかなものへと変わる中、健は彼の漂わせる孤独に気付いた。
そして、無垢な心を包み込もうと決めた。


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あきゅろす。
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