迷い鳥の飛ぶ空は

そう、違うように見えてひどく似ている写真が、時期を変えて何枚もあるのだ。
おかしな写真が混じり始めたのは、およそ半年前から――。



すっくと健が立ち上がった。
そのまま無言で玄関へ向かおうとするのを、庸介は彼の財布や携帯を持って追いかける。

「ちょお出かけてくるわ」

靴を履きながら低く平坦な声で告げてくる健は、母親のいる東京へ向かうつもりだろうが、普通ならそんな遠出をするような時間帯ではない。
しかし、止められない。ついていくこともできない。
そうすることを今の健は許さないと感じ、庸介は手にしたものを渡してただ頷く。

「気をつけてね」

庸介がかけた言葉も耳に入らなかったらしい。
返事もせず蒼白な顔のまま、必要最低限のものだけ持って健は家を出た。



交通機関はまだ動いているだろうが、もし少しでも長引けば帰る手段はない。
今日はきっと帰ってこないだろう。
それなら着替えも持たせてやればよかった。
いや、いっそ付き添っていたら……。

今さら考えても仕方ないことを頭を振って追い払う。
自分にできるのは、この部屋で健を待つことだけだ。
そして、戻ってきた健がどんな状態でも受け止めること――。

庸介は膝をつき、寝室にある箪笥を開けた。
もしなにか――思いも寄らない出来事があって、健が東京に長く泊まり込むような事態になったときのため、宿泊用の荷物を用意しようと思った。
タオルや衣服、洗面用具など当面の生活に必要になりそうなものを思いつく限り揃える。



次に健がベッドの上に並べたままにしていった写真を片付けはじめた。
どこにしまっておこうかと考え、ふと健が寝室の押し入れから出してきたことを思い出す。
押し入れの奥を覗いてみると、案の定、引き出しが開けっ放しにされたままの収納ケースがあった。

(こんなところにしまっていたのか)

ほとんど一緒に暮らしている間柄でも、互いの個人的なスペースにはあまり干渉しないようにしていたため、知らなかった。
鍵をかけて厳重にしまい込むなんて、それだけ母親を大事にしている証だ。
今頃青い顔で急いでいるはずの健を思い、庸介の胸も痛んだ。
元の通りにしまっておこうとして、庸介は気付く。

(鍵がない)



開けたままにして、健は鍵を持って行ってしまったらしい。
よっぽど慌てていたのだろう。
鍵まで付いた収納ケース――大事だったり高価なものをしまう場所に違いない――なのに、開けっ放しでも大丈夫だろうか。

現金でも入っていたらと考え、中を確認していた、そのとき。
庸介は最下部の引き出しから『それ』を見つけた。
手に取って、目を見開き凝視する。

「なんだ、これ……」







庸介が眠れぬ長い夜を過ごし、ようやく明けた次の日の朝。
健は家に帰ってきた。目の下に真っ黒な隈を作り、憔悴しきった表情で。

居間に入り、リビングの机一面に広がる資料を見て、「あーあ」と苦笑する。

「そか、鍵を忘れとったな。とうとうバレてしもたなあ」
「健」

これはなんだと、今すぐ真実を突き止めたい気持ちもあった。
だが庸介を止めるものがあった。
健が血相を変えて飛び出した理由。
そして、目の前の健の顔色の悪さ。

「健、お母さんは……」

言いかける庸介を遮るように、健がははっと唐突に笑い出した。

「庸介え、お前、大当りや。ベッドの横に置く花を入れ替えて、パジャマの柄や色をパソコンでいじくって……あの似た写真同士、元は同じものなんやて。日付も機械いじって変えて」



このからくりを考えた者はよほど狡猾に違いない。
光源や被写体の位置、周りに配置するものなどを変えることで、同じ写真でもまったく違う印象のものに仕立て上げている。
元が同じ写真を加工したものだと言われて見比べでもしない限り、そうそう気付けないほどの、精巧な細工。

「なんで分からんかったんやろなあ。親のことなのになあ」

ふふっと笑い声を漏らす健の顔は、少しも面白みを感じていない。

「俺は毎月送られてくる数ヶ月も前のお袋の顔見て、アホみたいに喜んどったんや。ああ、元気そうや。東京の病院に入れさせてもろて、ほんま良かったわ、ってな」

もしかしたら、勘のいい健はとうに違和感に気付いていたのかもしれない。
だが、精緻な加工と送られてくる元気な母の姿を信じたいという願望が、彼の目に目隠しをしたのだ。

「俺に見せられないくらいの病状やったんやな」としわがれた声で呟き、片手に俯けた顔を突っ伏す。



「お袋……半年も前に死んどったわ」


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あきゅろす。
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