迷い鳥の飛ぶ空は
飛翔
「鳥や」
「えっ?」
「鳥が落ちとる」

淡い羽色の小鳥が健の部屋のベランダに現れたのは、晩秋のとある夕暮れのことだった。
ベランダの引き戸を開け、健はお盆の形にした手の平でそっと掬い上げる。
弱々しく暴れる軽く小さな生き物は、どうやら飛ぶこともままならない若鳥のようだ。

「本当だ、どこから来たんだろう」
「近所の誰かが飼ってたのが逃げたんやろな。野良猫に見つかったら一発で食われるで」

このまま外に放すわけにもいかない。
飼い主が見つかるまでの間、世話をしようと二人は近所のペットショップから金属製のケージを買ってきた。
安全な場所へ入れ、餌や水も与えたのに小鳥はなかなか元気を取り戻さない。

「生きていたければ檻の中、自由になりたければ危険な外へ。可哀相にな」

檻の隅で縮こまる鳥を見て、健が悲しげに呟く
庸介もまた、飼育されることを前提に生み出された弱々しい生に哀れみを覚えた。

(この鳥に、本当の自由はないんだ)

二人が静かに見つめる先で、鳥籠の中の鳥が、小さく鳴いた。



庸介は物憂げなため息をつき、手にしていた文庫本を閉じた。
緩慢な仕草でリビングのソファに横になる。
昼過ぎに大学の講義を終え、いつものように真っ直ぐ健の部屋へ向かったのだが、どうにも手持ち無沙汰だ。

部屋の掃除は昨日したばかり、風呂掃除もさきほど終わってしまった。
提出が近いゼミのレポートも課された週に終わらせている。
冷蔵庫を覗いても足りない食材はなく、洗濯物の取り込みや夕食作りにはまだ早い。

頭の中には今日の献立と、健が何時に帰ってくるかということ。
健の匂いのする部屋にいるとはいえ、本物がいなければもちろん寂しい。

(健、まだかな。早く帰ってこないかな)

ソファに身を預けたままぼんやりと窓の外を見ていると、窓辺に置いた鳥籠の餌場が散らかっていることに気付いた。
警察へ届け出て、近所に写真つきのちらしも貼ったものの、いまだ飼い主は見つからないままだった。



時間を持て余していたのもあり、掃除を思い立った庸介は、さっそく準備を始める。
掃除の間だけ別の場所に移動させるため、鳥籠を開けて小鳥をそっと手の平で包み込んだ。
ばたばたと手の中で暴れる小さな生き物に穏やかに囁く。

「頼む、逃げないでくれ」

手にする生き物の感触に、姉に傷つけられ、自らの手で縊った小鳥を思い出す。
あんな思いは二度としたくない。
いや、成長した今ならあんなことは起こさせない。
自分はもう、弱く搾取されるだけの立場ではないのだ。

誰よりも優しい人から強さをもらった。
今度こそ、この弱く温かな存在を守りたい。




「今月も写真がきた」

庸介の手作りの夕食を終え、うきうきと写真を手に笑う健に、庸介もにっこり笑い返してソファに隣り合って座る。
恒例のそれを覗き込み、話そうとしたところで庸介は動きを止めた。

「変だな、この花……」
「なんや?」

庸介の呟きに健が反応する。
あまりにも説明しがたいことのため、庸介も考え考え口にした。

「この、健のお母さんのベッド脇の赤い花、今の時期には咲かない種類なんだ……。かなり育てにくいのに温室栽培でもしたのかな。それともよく似た別種か」

植物学を専門にしている庸介は、花の種類についてもかなり詳しい。
出かけた先で見たどんな植物の名前も、すらすらと健に教えてくれる。
その彼が見誤るはずがない。



嫌な予感に襲われ、健は寝室に走った。
押し入れの奥にしまっていた収納ケースの鍵を外し、引き出しから写真の束を取り出す。
そしてベッドの上にこれまで送られてきた写真をずらりと並べはじめた。

「これと、これも時期の合わない花だ。このあたりは全部」

いくらなんでも多すぎる。
写真の日付と見比べながら、不思議な写真を指さす庸介の表情もまた強張ってきた。

焦燥感に駆られ、健は目まぐるしく頭を回転させる。
どういうことだ。
なにがあった。
一体なんのために。

並べた写真を見ていると、すさまじい違和感に見舞われる。
その感覚の正体に気付いた健が息を呑んだとき、庸介もまた察したらしい。

「このパジャマ、色は違うけど柄が同じだ……。横にある花も、一緒」


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