迷い鳥の飛ぶ空は

縁故を頼って播摩の家へと訪れた青年に目を付けたのは、ちょうどその時分であった。
何度か母を訪ねてきた年若い青年。
手の者に調査させたところ、どうやら母方の遠縁である彼は金に困っているらしい。
そして――同性愛者であるそうだ。

報告を聞いたとき、曜子の頭にある考えが閃いた。
あの男を使おう、と。



なんの取り柄もない凡庸な男を庸介の側に置くのは癪だが、簡単に子を孕む女よりはましだろう。
庸介はヘテロだ。
男を本気で愛することはない。

なにより体内に濃く流れる播摩の血が、播摩でない者を求めることを許さない。
直系に近ければ近いほど、同じ血を宿す者への渇望は強くなる。
わずかな親近感くらいは覚えるかもしれないが、男の薄く遠い血脈など庸介にはなんの影響も及ぼさない。
ならば、多少の不快感が込み上げても、あの男をあてがう他ない。

メールでは詳しく聞くのに面倒だからと、主に電話でのやり取りを行った。
賢しらで小生意気な男とは馬が合わず、話すだけで苛立ちが募ったが、他に手段がなかった。

播摩で生まれ育った庸介は、さすがと言うべきか、妙に勘の鋭いところがある。
ひそかに監視の者を付けたところで、すぐにでも気付かれてしまうだろう。
播摩の息がかかっていないと庸介に思わせ、しかも間近で彼を見張るのに、あの男ほど適した人物はいなかった。



それからは男と電話で言葉を交わし、曜子は弟の様子を知ることができた。
先日は男が携帯の電源を切っていることに苛立ち、家の方に電話をかけてしまった。

繋がった途端、耳に注ぎ込まれた懐かしい声に、曜子は全身を雷で打たれたような感覚を覚えた。
自分が今までどれほど愛に餓えていたか思い知った。

(庸介! 庸介! 庸介庸介庸介……!)

「よう、すけ……」

音にならないくらいの音量で呟く。
囁きが届いたのか、電話の向こうで庸介が息を呑む気配がした。
慌てて電話を切り、聞いたばかりの声を何度も頭の中で反芻させる。

(ああ、はやく、早く会いたい。庸介――)



あの夜の激しい拒絶を思い出す度にいまだに胸が痛むが、庸介だっていつか曜子の想いを分かってくれる。
そして同じ分だけの想いを返してくれるはずだ。
曜子はそう信じていた。

たしかに始まりは合意の上ではなかった。
庸介が怒るのも分かる。
あんなことをしなくても、いずれ自分たち姉弟は自然と惹かれ合っていたはずだ。
全身に流れる血で繋がる、生まれながらに強い絆で結ばれた二人なのだから。
今は頑なな庸介の心も、やがて時間が解決してくれるだろう。

(早く帰ってきて、庸介。私はずっと待っているのだから)

二人きりの甘い未来を思い描けば、心はすぐ熱い想いに満たされる。

「庸介、愛してる」

二人の心が結ばれるそのときを想像し、写真立てを胸に抱きしめた曜子は、艶を帯びた目蓋をうっとりと閉ざす。



庸介、庸介、私のもの。
私の愛しい愛しい、背の君。


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