迷い鳥の飛ぶ空は

「いつか、あんたに話したいことがある」

二人でソファに並んでテレビを見ていたとき。
ぼんやり自分の考えに沈んでいたかと思えば、そう改まって言い出した庸介に目を丸くし、「なんでも聞いたるで」と健は笑った。
たとえどんな人間であっても受け入れると、先日庸介に伝えた。
その話を思い出しての言葉だろうと察したからだ。

「とても異常な、おぞましいことだ。でも、あんただけには……話したいと、思う。俺の全部を知ってほしいから」
「ああ。知りたい」

包み込むような微笑みで頷いてもらえて、庸介は安堵のため息をついた。
ソファの上で健のしなやかな身体を抱き寄せ、内緒話でもするように耳元で小さく呟く。

「俺はあんたを愛せて良かった」
「庸介……?」
「健、好き」

覚えたての言葉を口にして、腕の中の人にぎゅっと強く抱きつき、温もりという名の幸せを噛み締める。
体温の染み渡るような抱擁に、健もまた瞳を細めた。

「ああ、俺もお前が好き」










「はい、はい。元気そうですよ。はい、最近はよう外にも出るようになって――はい、はい。ちゃんと見てますよって。……はい、大丈夫です、はい」

簡潔に返事を返し、それよりも、と携帯を握る手に力を込める。
ちゃらり、と梟のストラップが耳元で音を立てた。

「メールでも言ったけど、この間の件は……やから、前に注意したやないですか。そういう可能性もあるて。だからあれほど、連絡は携帯だけに寄越してくださいと……は? ――あのですね、俺は働いとるんです。あなたと違て、そうそう自由な時間は取れません」

やや厳しい口調で言うと、相手の機嫌が急降下するのが伝わってきた。
面倒だが、ここではっきりと言っておかなければ、またいつ同じことが起こるか分からない。



「幸い、今回は気付かれなかったから良いものの、全部おじゃんになったかも……ああ、……ああ、はい。分かりましたよ、はいはい、俺が気をつけときます。――別に、そんなことは思っとりませんよ。いや……そう突っ掛からんでください」

苛立った調子の甲高い女の声に眉をしかめ、鳶色の髪を荒っぽくかき上げる。

「それより母の件は……はあ、そうですか。先が短いのは分かっとります。ですが少しでも……はい。あと、何度も聞いとりますが、母に会えるのは――はい、はい……はあ。……そうですね。はい、ではまた…」

挨拶を言い終わる前に、耳をつんざくような音を立てて電話は一方的に切られた。
後には規則正しい機械音だけが響く。

「あの小娘……」

テーブルに携帯を置き、苦々しい顔つきで男は舌を打つ。
瞳に宿る光は切れそうな鋭さを帯び、ひどく冷たい。
それは、庸介の知らない浅木健の姿であった。



庸介は知らなかった。

播摩家は戦前の軍事産業で財を為した一族である。
播磨とは播州、現在の兵庫県南西部にあたる。
今では東京に本家を置き、政界の中枢にも顔をきかせる巨大財閥となった播摩家だが、昔はその名の通り播磨の国に栄えた家であった。

播摩の家を忌み嫌っていた庸介は、己の父母についての知識もまた乏しい。
また、母の生家の話題は、とある過去の理由から禁じられていた。

庸介の母、美鳥は播摩の遠い分家筋の出であった。
その旧姓は、浅木という――。


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