迷い鳥の飛ぶ空は

姉は弟の庸介を溺愛していた。
庸介を支配し、所有し、愛おしんだ。
それは姉弟の間に存在するものではなく、男女の情を含んでいた。
姉の嗜好の偏りは、なにも彼女一人のものではない。
周囲の者を見渡せば、奇妙な関係は探さずとも目についた。
一族の血が生み出す歪みは、時を重ねるごとに重く、そして陰りを増してゆく。

播摩の家は、昔から近親での婚姻の多い一族であった。
古い家系を遡っても、その様はすぐに知れる。
どの系譜も血族婚を繰り返し、いかに濃い血を凝縮していったかが克明に記されている。
そして、濃くなった血は奇形児や異常者を多く輩出したが、彼らは生まれた際に闇へと葬られた。

濃くなりすぎた血を薄めようと、現代では外の一族からの嫁や入り婿を奨めてはいる。
現に曜子と庸介の母、美鳥は遠い分家筋の出であった。
だが、従兄弟間や近親間での結婚は今でも後を絶たない。

播摩の家の者は、播摩の者しか愛さない。
姉は庸介だけを愛した。



「庸介、庸介。あんたは私だけを愛さなければ駄目」

姉は庸介が自分以外のものに愛情を寄せることを固く禁じた。

「庸介、私たちは正常なのよ。むしろ、濃く確かな血脈を繋ごうとする私たち一族は、尊い存在なの」

曜子は大学で日本文学を専攻していた。
父と同じ分野だ。
古代の結婚観について姉は並々ならぬ関心を寄せていた。

「伊邪那岐と伊邪那美、天照大神と須佐之男。足名椎命と手名椎命、木梨軽皇子と軽大娘皇女。近親婚は太古の昔から行われてきたことよ。たかだか数百年のタブー観なんてお話にもならない。私たちは正しいの」



姉と庸介は分家筋の子供であった。
父悠介は、当主である義久の弟。
播摩の家は、直系の男子しか跡を継ぐことは出来ない。

分家の者として分を弁えた振る舞いを心がけるためか、父はあまり本家と接触を持たなかった。
近づくなと父から釘を刺されていたため、庸介たち姉弟と本家の従兄弟たちとの交流は薄かったが、それでも見えてくるものはある。

嫡男である義幸の後ろには、いつもその弟の義和がひっそりと佇んでいた。
時節ごとの催しで目にする、病気がちな兄の側から片時も離れぬ弟の姿に、庸介は己の姉を見た。
彼らもまた播摩に囚われているのだろう、と思っていた。



健と出会えた幸運を、庸介は思う。
忌まわしい過去から女は抱けないだろうと思い、くぐった特殊な店のドアの向こう。
居心地が悪く、すぐに帰ろうと思いかけていたところに声をかけてきた健。

健に会えなかったら、きっと庸介は今でもあの暗闇で頭を抱えてうずくまったままだ。


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