迷い鳥の飛ぶ空は
血(※残酷描写あり)
庸介には、姉がいる。
名は曜子といって、歳は庸介より二つほど上だ。

曜子は、それはそれは美しい女だった。
幼い頃から出会った誰もが見惚れ、愛でられるために形作られた繊細な美貌を賛美した。
それは触れれば壊れてしまいそうな、どこか非現実的な儚さの宿る美しさだった。

成長してさらに美しく花開いた彼女の前には、求婚者が鈴なりに列を成した。
容姿だけではなく、曜子は様々な才能にも恵まれていた。
書道やピアノのコンクールでは何度も有名な賞を取り、日本舞踊など古典文芸における造詣も深い。
なかでもゼミで発表した論文は、一介の学生のものでありながら文学の学界においても高い評価を受けていた。

周囲の人々は美しく優れた曜子を褒め讃え、称賛した。
だから、庸介以外は誰も知らなかった。
麗しい顔形を裏切る、その醜怪な中身を。



「庸介、あんたにいいものをあげる」

喜色を隠さず告げられた姉の言葉に、幼かった庸介は顔をしかめた。
彼女から与えられるものにろくなものなどないことを、自我の芽生えよりも早く知っていた。

「さあ、手を出しなさい」

かといって、逆らうことはできない。
少しでも反抗を見せれば、倍の仕返しをされる。
身長が同じぐらい伸びても、姉の立場は絶対的なものだった。

渋々と差し出した庸介の片手に、曜子は手の平に隠し持っていた小さなものを二つ、ぽとりぽとりと落とした。
手に乗った物体を見て庸介はきょとんと瞠目したが、気付くと息を呑んだ。

ひっ、と悲鳴を上げて、反射的に床に取り落としてしまう。
それは庸介が大事に飼っていた文鳥の、まだ温かく黒々と濡れた丸い眼球だった。



「あんた、また私に隠れて鳥なんて飼っていたのね。駄目だって言ったじゃない。私以外を見てはいけないって。姉を騙すなんて酷いわ」

戯れに頬を撫でてくる曜子の手の平を、庸介は呆然と受け入れるしかない。
その細く白い繊手で、どのように哀れな文鳥の目玉をえぐり出したのだろう。
これまで何度、庸介の大事にするものを壊してきたのだろう。

酷いわ、酷いわ、と真っ直ぐな黒髪をさらさらと靡かせ、小鳥が囀るように歌う姉は、それでも悪夢のように美しかった。

「きちんと始末をしてあげなさいね――あんたの手で。それが飼い主の務めよ」



庸介が部屋に戻ると、傷つけられた文鳥がばたばたと必死になって翼を動かしていた。
闇雲に羽ばたき、壁にぶつかっては悲しげな鳴き声を上げている。
雛の頃から、姉の目を忍んで育てた小鳥だった。
耳に心地良い囀りを聞かせ、手に乗って餌を食べ、小首を傾げる可愛い姿で庸介の孤独を癒した文鳥。

庸介は泣きながら、小さな文鳥の首を捻って殺した。


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