迷い鳥の飛ぶ空は

「知ってる人?」
「……ああ、まあ。うん」

忌ま忌ましげに舌打ちをして、健は携帯をいじりはじめる。
指の動きから見て、メールでもしているのだろう。
いらいらとした様子で携帯のキーを操作する健の気分を紛らわせようと、庸介はその手元をそっと指さした。

「ストラップも梟柄だ」

メールを送信し終わったのか、ぱちんと携帯を閉じ、健も笑った。
携帯のストラップにぶら下がる梟をゆらゆら揺らす。

「そうやで。俺のラッキーアニマルやもん。あ、写真見せたる」



先ほどの仕切り直しとばかりに、ローテーブルに持ってきたアルバムを置き、めくり始める。

「この白い特攻服着た奴が、総長の『赤梟』。ほら、赤茶と金のまだらの髪が鳥っぽいやろ」

たしかに男にしては長めの髪は、動物の毛皮みたいな色合いをしている。
顔も健の言った通り、取り立てて整っているというわけでもないが、親しみやすく愛嬌のある雰囲気だ。
気合いの入った髪型や服装の割には、子供みたいに人懐っこい笑顔を浮かべている。

「そんなワルには見えないね」
「そやろ。でも、えろう喧嘩が強うてな。白い服を微塵も汚さずに相手を倒すんや。何人を相手にしても絶対に負けへんねん。後ろにも目があるみたいで、それで『梟』なんて呼ばれ出してん」
「へえ。すごい」
「ほんま、見ててゾクゾクする強さやった。『梟』のあだ名も今じゃ族の若い奴に引き継がれとるらしけど、俺にとっての『赤梟』はあいつだけや」

庸介が尋ねもしないのに、健は夢中になって話し続けた。
よっぽど思い入れの深い記憶なのだろう。



「『赤梟』は、頭の良い奴やなかった。大の女好きやったし、だらしないとこもあった。でも、絶対に信頼を裏切らない男やった。大事な友達だった――あいつの強さに憧れた」

その言葉を聞いて、庸介は紡ぎかけた嫉妬の言葉をため息と共に逃がした。
健がその『赤梟』という男に特別な気持ちを抱いていたのは確かだ。
だがそれを本人が友情だと、嬉しそうに、誇らしげに語るのだから、下衆の勘繰りをするのは野暮というものだ。

「その『赤梟』とは今も会ったりしてるのか?」
「いやあ。あいつ卒業の後に姿くらましおって、どこでなにしてんのかさっぱりや」

薄情な奴やわ、とぼやく健が少し肩を落としている様子だったので、庸介は細い背中に腕を回した。



「健の名前」
「うん?」
「たけるって、『梟帥』とも書くんだよ」

電話機の横のメモ用紙を取って、漢字を書いてみせる。
案の定、健は喜んでくれた。

「あっ、『梟』の字が入っとる! ほんまにこれで『たける』と読むんか」
「そう。地方の権力者や長のことを指す古代の言葉なんだけど。健がそんなに梟好きなら、なんだかちょっと運命的だよね」

縁があるからきっとまた会えると、気休めのつもりだった。

「ほ〜、庸介は物知りやなあ! こんなん大学で習っとるんか?」
「いや、俺は植物学を専攻してるから。……これは知り合いに教えてもらった」

健の髪に頬ずりをし、ほっと一息ついてから「この昔話、知ってる?」と庸介は話し始めた。


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あきゅろす。
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