迷い鳥の飛ぶ空は
強さ
扉を開けた先には、冷めた沈黙が横たわっていた。
広くはあるが物が少なく、生活感のない寒々しい場所だ。
部屋は主の内面を映すな、と庸介は自虐する。
彼が一人暮らしをする自分の部屋に戻るのは久々のことであった。



先日、珍しく健が来てくれたときはもっと明るく開放的な空間であったはずだ。
ほれ見ろ埃がたまっとるやん、とか布団の虫干しもたまにはせな、とか言ってせかせか掃除をして回る健の姿は、世話焼きなおばちゃんそのもので可愛かった。
そんなことをするぐらいなら、早く一緒に住んでくれればいいと言ったら、聞こえない振りをされたが。
彼がいないだけで、部屋の命まで失われてしまったようだ。

庸介は大学が終われば健の部屋に直行し、そのまま泊まることが多い。
ほとんど恋人の部屋で暮らしていると言っても過言ではない状態だが、完全に同棲をしているわけでもないため、やはりなにかしら取りに帰る必要はあった。

扉を閉め、靴を脱いで上がろうとした庸介はふと足を止めた。
玄関の隅でなにかがきらりと光ったのだ。
屈んで拾い上げる。
それは金色の梟を模った飾りだった。



「これ、健のじゃない?」

健の部屋に戻ってから差し出すと、ネクタイをゆるめながら振り向いた彼はすぐにあっ! と声を上げた。

「それ、探してたんや! 携帯に付けていたのに、なくなってしもて」
「俺の部屋に落ちてた」
「ああ、こないだの掃除んときかな。金具がゆるんで取れやすくなってたんやな。おおきに」

そう言ってさっそく携帯にごそごそと付け直している。
庸介は狭いが健の存在感で溢れた部屋をぐるりと見渡す。

「健は梟が好きだな」
「うん、好きやで」

前から気づいていたが、健は身の回りに梟を模ったものを多く置いていた。
鍵に付けたキーホルダーや、ネクタイピンの意匠。部屋の隅に飾ってある小さな木彫り細工やカレンダーの写真。
この部屋の中を眺めるだけでも、そこかしこに梟のモチーフが見られた。
どうやらかなり好きな動物らしい。



それらを見ながら庸介も「俺も鳥が好きだったなあ」と呟いた。

「翼がある生き物って、自由に見えてええよな。なにか飼ってたんか?」
「ああ、文鳥を……」

言いかけ、かたい表情で庸介は続く言葉を止める。

「庸介?」
「なんでもない。それより、なんで梟が好きなんだ? ちょっと怖くないか」
「そうかあ? なんかカッコイイやん。強そうだし。あとむくむくしてて可愛いし」

庸介はいまいち分からないという顔をする。
自分はどちらかと言えば、綺麗な色の可愛らしい小鳥が好きだ。



「俺の梟好きには昔話があんねん」と、いたずらっぽく笑って、携帯を手にしたまま健はソファーに腰かける。

「ガキんとき、親父とソリが合わんくてな。家を離れたくて、黙って関東の高校を受験したんや。結局、就職でこっちに戻されたんやけど……」

そこであるチームに会ったんだと、懐かしそうに目を輝かせる。

「俺のおった地域にな、『倭会(やまとかい)』っちゅう族がおったんや。近隣でも有名なえらい強いチームでなあ」
「族とかチームとか、いつの時代の話だよ……」
「やかまし、黙って聞いとき。で、そこの総長で『赤梟』呼ばれる奴がおったんや」
「梟」
「そう。族に入る度胸はなかってんけど、元々知り合いやった『赤梟』に手を貸したりして、俺も小さな協力をしとった」

どうやらこんなに人当たりのいい彼にも、ヤンチャをしていた時代があったらしい。
曲がりなりにも社長令息であるという健の意外な過去に庸介は驚く。



「カリスマとかそんなたいしたもんやないかもしれんけど、『赤梟』は自然と人を集める奴やった。皆、あいつが好きやった」

甘く眩しい夢を思い出しているような、うっとりとした瞳で語る健に、庸介の嫉妬がめらめらと燃え上がった。

(俺というものがありながら……そんな顔で他の男のことを話すな)

「ってなわけで、俺が梟が好きなのは奴のせいや。見る度にあいつを思い出す。ま、青春の思い出っちゅーか、ラッキーアニマルやな」

にっこり笑って携帯についた金色の梟をかざす健から視線を逸らし、庸介は低く呟く。

「そいつのことが好きだったのか?」
「もちろん……ってお前、完璧勘違いしとるやろ。ちゃうで。言い訳するのもアホらしいくらい、そういう好きとはちゃう」
「いつも側に似たものを置いて、思い出したいくらい好きなんだろ?」
「ちゃうて言うとるやろ! これはなんつーの、験担ぎみたいなものや。それにあいつは俺の好みにかすりもせんわ、ボケ」

ボケ、とまで言われてむっとしたものの、こんなに健が強く否定するなら本当になにもなかったのかもしれないと思う。



付き合っている庸介が言うのもなんだが、健はかなりの面食いだ。
庸介に声をかけたのも顔が好みだったかららしい。
ふだんからドラマの若手イケメン俳優には目がないし、街ですれ違う若い整った顔の男をじっと視線で追ったりしてる……と、ふだんの健を思い出してイライラした。

「写真でも持ってきてやろか。お前みたいな美形でもなんでもない普通のヤンキー兄ちゃんやで。それ見て納得せい!」

言うや否やどたどたと足音を立てて健は寝室に繋がるドアを通っていった。
きっと押し入れでも探しに行ったんだろう。
もはや疑う気持ちはなかったけれど、昔の健の写真が見たくて、庸介はわざと止めずに見送った。


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