迷い鳥の飛ぶ空は

「あんたが俺にあんたをくれたら、俺もあんたに俺をあげる。どう、これが対価じゃ不十分かな」
「……えらい釣り銭が出るわ」
「どっちに?」
「言わせんな、アホ」

くぐもった声が聞こえ、ぐりぐり胸元に頭をこすりつけられる。
ほっとして庸介は笑った。
不安だったのだ。

果たして自分は、価値のある人間なのか。
人に求めてもらえる存在なのか、分からなかった。
自分を大事にすることを、自分という存在を認めることを教えてくれたのは、健だ。
健が庸介に与えてくれた、温かな想いだ。



「釣りなんかいらないよ。そんなのより、あんたが欲しいんだ。あんただけでいい」
「この性悪が……」
「なんで」
「俺を殺す気か」

たしかに浮気でもされたら思いあまって殺しそうなほど好きだけど。
ぎゅっと抱きしめる腕に力を込め、囁く。

「殺さない」

健に会えなくなるなんて、それこそ耐えられないと思うから。



「ねえ、あんたをちょうだい。大事にするから」

(本当はまだまだ足りないよ。でも、俺は満たされることを知ったよ)

「俺をあげる。大事にしてね」

(一人で欲しがっては駄目だったね。二人なら、与え合うことができるんだ)

「健」

閉ざしたドアを優しくノックするように、顔を見せてほしいと、眼下の耳朶に口づけを落として促す。
優しい囁きに、ようやく庸介の胸元から健が顔を上げる。
二人の視線がそっと絡まり合った。

唇が触れ合う寸前まで食い入るように見つめ合い、そして時を同じくして、音もなく双方の目蓋が閉ざされる。
重なる唇から生まれる想いの、なんて温かく慕わしいことだろう。



「健が欲しい。健だけ。いくらでも俺を好きにしていい、健のためならなんでもするから……」
「庸介、そうやない」

言葉の途中で遮られ、庸介は戸惑った。
他にどう言えばいいのだろう。どうすればこの想いは伝わる。
不安そうに瞬きをすると、健が教えてくれた。

「庸介のことが、好きや」

健の真剣な目に、そういえば初めて口にする言葉だと庸介は気づいた。

「俺も健のことが好き」

すると、健が笑った。
可愛くて、愛しくて、美しいその微笑み。
込み上げる感情の熱さに、胸に咲いた想いの豊かさに、庸介は言葉を失った。





「はっ、ああっ……庸介っ」

濡れてほぐれた奥深い場所に潜り込む頃には、健の唇の間から切ない喘ぎがひっきりなしに漏れていた。
弱いところを狙って突き上げると、もうだめだとばかりに目をつぶり、強くしがみつかれる。
同時に溶けた部分をぎゅうぎゅうと絡みつくように締めつけられ、火花のような快感に庸介もかすかな声を上げた。

ぴったりと、これ以上ないほど密接に四肢を絡め合い、庸介は動きを止めた。
健が不満げに腰を揺らしたがそれすら押さえ込んで、全身で抱きしめる。

「健、好き」

馴れ親しんだ健の肌の匂いが、飽和した頭に途方もない歓喜を呼び覚ます。
あとは、逆らうことのできない愛の本流に落ちてゆくだけ。

何度も身体を重ねてきたけれど、人と愛し合う行為を、庸介は初めて知った。


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あきゅろす。
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