迷い鳥の飛ぶ空は

健がなにを考えているかなど知らず、庸介はわざと儚げな表情を作り、健の肩に頭を預ける。

「それで、健のせいで道を踏み外したんだ」
「あー、そりゃえらいこっちゃなあ」
「そうだよ。責任取ってよ、健」
「庸……」

寄り掛かられたかと思うと、そのままどさりとソファの上に押し倒される。
じっと真上から見下ろしてくる涼やかな瞳。
美しい男の視線に健の思考もたやすく絡めとられる。



初めて入ったそういう店で、庸介に近付いてきた最初の人間が自分だったのだ。
声をかけて良かった、と健は改めて思う。
あのときの庸介は、誘われればきっと誰にでも付いていった。

シャツの裾からやや冷たい手が忍び込み、平らな胸を探られる。
熱を帯びた吐息を飲み込み、首筋に埋まる顔を押しのけて健は不機嫌な声を出した。

「おい、今日はせえへんぞ」
「触るだけだよ」
「ったく……」

(そう言って、いつもそれだけでは済まんくせに)

こっちは明日も普通に朝から会社があるというのに、どう見ても止める気はない。
年下の恋人で困るのはこういうところだ。
好きにさぼれる身分の学生とは違い、社会人の自分はどんなにだるい身体でも出勤して仕事をしなければならないのだ。
でも、と欲望の目覚める気配に浅はかな考えを巡らせる。

(今日のメニューはスタミナのつく料理ばかりだったから、少しは大丈夫かな……)

そう考える健は完全に庸介の作戦に乗せられていた。



雰囲気に流され、指を絡め合ったところで健ははたと気付いた。

「待てよ、傷物にされたんは俺やないか。ほんまは俺、お前を食おう思て声掛けたのに」
「ああ、そうだったね。健、ホテルでシャワーから出た途端、ベッドに押し倒してくるからびっくりした」

答える庸介に、健はふっと苦い笑みを浮かべた。

「そうか、びびってお前は俺の腹に一発きめてくれたんか」
「だって、自分より背の低い相手に犯られそうになるなんて、普通思わないだろう。あのときは本気で驚いたんだ」
「俺はネコでもタチでもどっちもいけんねん。あの時はなあ、お前の綺麗な顔と儚そうな雰囲気につられてフラフラと……まさか、腹に一発食らうとは思ってもみなかった」

庸介が「しつこいなあ」と呆れるが、健はまだぶつくさと言い募る。



「その後は美味しく頂かれてまうし」

ふっと庸介は微笑み、色づいた薄い唇を赤い舌でちらりと舐めた。

「ご馳走さまでした……」

ひどく艶っぽい声音に、背中と腰をぞくぞくっと震えが走る。
部屋着のズボンをわずかに押し上げた健の欲望に気付き、庸介は嬉しそうに笑う。

「いい、健?」

今さら素直に頷くこともできず、健は顔を背けた。
もはや拒む気持ちはさらさら湧いてこなかった。


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あきゅろす。
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