迷い鳥の飛ぶ空は

近所のスーパーで買い物をしてから、もらった合い鍵で健のアパートの部屋に入る。
申し訳程度に付いている小さな台所を使うのはもっぱら家主ではなく庸介だ。
庸介がいればたまに料理をするくせに、健は自分だけだとすべて外食か出来合いのもので済まそうとする。
一週間、朝晩カップ麺もざらだと聞いて庸介は目をむいた。
そんな不健康極まりないメニューが存在するなんて信じられない。

庸介も大学に入り一人暮らしをするまでは、まともに包丁さえ握ったことはなかったが、健と付き合ってから積極的に料理をするようになった。
恋人の食生活を改善しなければ、彼は冗談じゃなくいつか病気になると思った。
結果、庸介はめきめきと腕を上げ、今ではレパートリーもかなり幅を広げた。

男子厨房に入らずの家に育った庸介だが、必要に迫られれば人間、案外色々できるようになるものだ。
なにより、美味しい美味しいと喜んで食べてくれる人がいるのだから、上達は早かった。



「ふ〜、美味かった。ごちそうさん」
「お粗末さまでした。お茶飲む?」
「飲む」

健の帰宅を待っての夕食後、「今月も届いた」と健は嬉しそうに母親の写真の束をひらひらと振った。
マグカップをローテーブルに置き、二人掛けのソファーに座る健の隣に並んで、庸介も肩を寄せて覗き込む。
毎月一度送られてくるそれを一緒に眺めるのが、いつしか二人の日課となっていた。

「病状は一進一退やそうやけど、これから温かくなるし、体調は安定しそうやな」
「そうだね。よかった」

健の鳶色の髪をつまみながら、先月と変わらない姿に安心する。
満面の笑みを見せる健に庸介も微笑み返す。
健が嬉しそうだと庸介も嬉しい。
恋人が笑うだけで世界のなにもかもがうまくいっているように感じられる。



「お前も家族に、元気でやっとりますて手紙とか書かんでええの?」

健の放った一言に庸介の微笑みは固まる。

「……わざわざ出さないよ。そんな仲の良い家でもないし」
「お前、下の子やろ」

目を見開いた庸介は「姉が一人いる」と答え、なんで分かったのかと問い掛ける。
予想の当たった健はにんまりと笑う。

「そんな感じするわ。姉ちゃんも親御さんも、みんな東京におるんか?」
「ああ」
「そか。どんな事情があるか知らんが、家族は大事にせなあかんよ」
「…………」

答えようとしない庸介に、健はふうっとため息をついた。


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