迷い鳥の飛ぶ空は

世話をしてくれるというなら、東京に住まう親戚か付き合いのある相手なのだろう。
しかし、入院中の親と会うな、なんて普通の人間だったら言わない。

「そんな……」

非難を紡ぎかけた庸介の唇を、健は苦笑してそっと指で押さえる。

「他にも色々と世話になりっぱなしで、そう我が儘も言えへんのや。行かんでも、こうして写真やらなにやらで様子は知れる」

庸介の脳裏にさきほどの健が電話をする光景が思い起こされる。

「もしかして、さっきの電話の人?」
「そ、ああやってまめに電話もくれるし。まあ、満足せんとあかんのやろな」

どこか寂しそうな健の微笑みに、庸介の胸は締めつけられた。

自分が播摩家の者として確固とした立場を維持していれば、病院に取り計らい、情の薄い親戚などかまわずすぐにでも健と母親を会わせてやれるのに。
責任を果たさずこんなところまで逃げてきた自分にはとうていできない話だ。



(ごめん、健――)

心の中でそう言う代わりに、庸介は隣に寝転ぶ健の手をぎゅっと握った。

「庸介?」
「いつか」

横向きに向かい合い、庸介は真剣な表情で健に告げる。

「いつか、二人でお母さんに会いに行こう」

実家に戻り播摩の力を使うにしろ、他の手段を探すにしろ、必ず健を母親と会わせたい。

自分も健を生んでくれた母親に会って話をしたい。
健が素晴らしい人であること。
自分は健に出会えて本当に幸せなこと。
あの優しそうな女性に知ってもらいたい。



と決心を固めていたが……。

「なに、家族公認の仲になりたいんか? やめてや、俺、カミングアウトなんかしとらんで。お袋の心臓が止まる」
「……………」
「息子さんを俺にください〜て土下座するんか? 涙の面会やりおったて病院中で噂になるなあ」

けらけらと笑い出した健に、庸介はむっつり口元を引き結んで目を細めた。
狭いベッドの中でくるりと転がり、健に背を向けてしまう。
健は茶化されて不機嫌になった相手に気付き、慌てて弁解した。

「嘘、嘘やで、庸介。そう拗ねんなや。照れくさいやん、こんなん。俺かてお袋にお前を会わせたいわ」

後ろからぎゅっと抱きつき、甘えるように首筋に鼻先を埋める。
それでもへそを曲げた庸介が動かないとなると、するりとその身体の上をまたいで真正面に落ち着く。



ご機嫌とりとばかりに庸介の白い額にちゅっと口づけ、健は甘い微笑みを浮かべる。

「せやな。いつか二人で一緒にお袋のとこに行こな。――きちんとお袋にお前を紹介する。俺の大事な人やて」
「いいよ」

庸介は首を振る。
拗ねているわけではない。
健との付き合いを認めてほしい気持ちがないわけではないが、母親が息子のマイノリティな性癖に気持ちを乱す可能性は十分にある。

病で伏せている人に無理はしないでほしいと気遣う庸介に、健は嬉しそうに笑顔をこぼす。

「言いたいんや、俺が。お袋にお前とのことを認めてもらいたい」
「……噂になるよ」
「ええよ」

それでもいい、と健が笑うから、庸介の胸は熱くて潤んだものでいっぱいに満たされてしまった。
庸介が健を愛するのと同じくらい、健に愛されたいと願ったけれど、それはもうとっくに叶えられていたのかもしれない。
優しく瞬きをする明るい色の瞳から伝わるのは、混じりけのない温かな気持ちしかない。



ああ、と嘆息して、庸介は心を震わせた。
どうしようもなく嬉しい。
愛しい。
この人さえいればもうどうでもいい。
自分の世界には健しかいない――。

溢れる想いにこらえ切れず、庸介は健の胸元に顔を埋めた。

「緊張するな……」
「アホな。今からせんでもええよ」

潤んだ声をごまかすための軽口さえ、きっと健にはばれている。

「物静かで穏やかな人や。きっとお前とも、優しい者同士で気が合う」
「俺は……優しくなんかない」
「優しいぞー? お前、自分のことよう知らんなあ。あんま見せへんけど、実はすっごく優しくて、あったかい子やで」

俺は知っとる! と笑う健の手でぐしゃぐしゃに髪をかき乱され、庸介はくぐもった抗議の声を上げた。
でも、その声のどこにも怒った色は見つけられない。



肩口に埋まる庸介の頭を抱きしめたまま、健は嬉しそうに天井を見上げる。

「俺の大事な人が、二人で仲良う話しとるなんて、えらい幸せな光景やな。なあ、そう思わん?」

そして、頭の中の想像が伝われとばかりに、目蓋を閉ざした健は庸介の額に自分の額を押し当てた。
庸介の頭にも写真の中で笑う女性と健、そして自分が並ぶ姿がぼんやりと浮かんだ。
幸せかどうかは分からないけれど、なんだかそれはとても素敵なものに思えた。

「いつか、いつかな。約束やで」
「うん」

戯れに健が差し出した小指にしっかり小指を絡みつけ、庸介は真摯な気持ちで指切りをした。
きっと。きっといつか。

「会いにいこう、二人で」


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あきゅろす。
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