迷い鳥の飛ぶ空は

「ほら、お袋の写真見るか。毎月送ってもろとんねん」

ベッドの上で俯せに寝そべりながら、健が寝室の押し入れから持ち出してきたアルバムを覗き込む。
そこには一人の女性が写る写真が丁寧に綴じられていた。

最初は今より幼い健と二人で写っているものが続いたが、後ろにいくにつれて女性の顔つきがやつれ、パジャマ姿でベッドにいる写真が増えてきた。
入院をしてからのものなのだろう。

庸介が隣で見守る横で、健は一枚一枚大事そうにめくってゆく。
そこに写る細身で大人しそうな女性の顔立ちは、正直なところあまり健には似ていなかった。

『俺はオヤジ似。クソオヤジにうんざりするほどクリソツや』

出会ったばかりの頃の健の言葉とその渋い顔を思い出し、庸介は笑いを零した。
健は嫌なときは本当に嫌そうな顔をする。
嬉しいときも同じように気持ちを素直に表情に出す。
最初は苦手だったけれど、健の開けっ広げで正直な感情表現が、庸介にはくすぐったくて楽しい。



「優しそうなお母さんだな」
「せやろ?」

思ったままを言うと、健も嬉しそうに大きく頷く。
地味な顔立ちだが、目尻に薄い皺の刻まれた笑顔は温かい雰囲気が漂う。
その親しみやすい気配は息子とそっくりだった。やはり親子だ。

「携帯にも入っとるで」

そう言って今度は梟のストラップがついた携帯を操作して見せてくる。
恐らく入院前のものだ。
旅先らしい大きな記念碑の前に仲良く並んで、笑顔でピースサインをする健と母親の姿が画面にあった。

(本当に大事にしているんだな)



パラパラとアルバムをめくっていた健が最後のページで手を止める。

「あと、これが今月の写真」

病室を背景にカメラに向かって微笑む写真を指差し、満足そうに頷く。

「やっぱり東京の病院に入れさせてもろてよかった。顔色もいいし、調子も良さそうや。ちゃんとした治療を受けとるんやな」

ふと写真の患者衣に小さくプリントされた病院名を目にして、庸介は瞬きをした。
――播摩系列の総合病院だ。
様々な分野に手を伸ばしている財閥だから、そう不思議なことでもない。

それより写真のことばかり話す健に、庸介は違和感を感じた。
こんなに大事にしているのに、ろくに会ってもいない口ぶりだ。



「東京にお見舞いに行かないのか?」
「忙しゅうてな、なかなか暇が取れへん」

それを聞き、「やっぱり俺と会うのは……」と暗くなる庸介の肩に、健の頭がことんと寄り掛かってくる。

「ちゃうちゃう。世話になってる人に、そう頻繁に会いに来んなて言われとるんや」

外向きにはねた鳶色の髪を撫でようとして、伸ばした手を庸介は止めた。


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