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「ミノル!?どうしてここにいるの」
「いやー俺今日学校に用があって、その帰りにおばさんに会ってさ。おばさん、めちゃくちゃ上機嫌ですごくいい子が来てるのよ〜とか言うし、なによりマコトのダチなんてすげー興味あるから来てみたんだけど」
言いながらミノルは和哉くんに目をやった。
口を真一文字に結び、目を鋭く細め、威嚇するかのように睨みをきかせる姿はまるで不機嫌の権化だ。背中から負のオーラがみなぎっているのがわかる。ミノルは小さく悲鳴をあげた。
「なにあれ!ちょー怖いんですけど!本当にダチなのかよ!もしかしてマコト、脅されてるんじゃないか……っ?」
以前どこかで聞いたようなセリフに苦笑が浮かぶ。そんなに樹くんや和哉くんと並んでいるとおかしいだろうか。
ゆっくりと立ち上がった和哉くんは、剣呑な空気を纏わせてミノルの前に仁王立ちになった。
「あ?なんだてめえ」
「なんだもなにも、俺はマコトの幼馴染み!そっちこそギラギラ睨みやがって!負けねえから!」
「あら〜賑やかねえ。新しくお茶入れてあげるからケンカしないの」
顔を近づけて火花を散らす二人の後ろから、間延びした場違いな声が水をかける。コートを着たままの母さんがあえて空気を読まずに笑顔で二人を宥めた。
「ええ、だってさ、おばさん、あっちが先に睨んできたんだもん。ギラついて怖えしマコトがいじめられてないか心配じゃん」
「人を見た目で判断しちゃだめよ。誠が友達だって言って連れてきて、お茶を一緒に飲んで、それだけでいいの。和哉くんはとってもいい子よ」
片目を瞑った母さんの目配せを受けた。
そこに確かな信頼を感じて嬉しくなる。
普段から小言が多くて信用されていない不満を持ったことも多い分、心に染みる。家族の温もりに胸のあたりがじんわりと暖かくなり、自然と顔がほころんだ。
そんな無言のやり取りを見ていた和哉くんは視線だけ僕に向けると、小さなため息と共にうつむいた。一瞬の表情に陰が落ちる。
「和哉くん、あの……」
「今日は帰る。悪いな」
引っかかりを覚えた僕は声をかけるが、それを遮るように和哉くんが被さった。
興がそがれた顔にわずかな違和感を覚えていても立ってもいられない。以前にも感じたことがある。僕が放っておけない和哉くんの孤独が今、発露した気がした。思わず袖を掴み、彼を引き止める。
「待ってよ、もう少しだけいて欲しい」
「離せ。気分が悪くなったらすぐに帰るって言っただろうが」
「嫌だ。いまここで和哉くんを帰したらもう二度と来てくれない気がする。今日は僕、譲れないよ」
「はあ?話がちげえじゃねえかよ。くだらねえ。帰る」
突然雲行きが怪しくなる様子に、事態が飲み込めない母さんは首を傾げてきょとんとしているし、ミノルは片手にトレイを持ったままうんうんと頷き、和哉くんがいつでも帰れるようにドアを開け放していた。
こんな形で今日という日を終えるのは絶対に嫌だった。裾を握る手に力を込めると、和哉くんの苛立ちが彼の眉間に刻まれた。強く振り払われて僕は態勢を崩す。嫌だ。せっかく遊びに来てくれたのに、もっと好きになってもらいたいのに、こんなの嫌だ。
和哉くんの背中が遠ざかる。
気づけば僕は、叫んでいた。
「待って!和哉くんのこと、みんなに紹介したいんだ!きみは僕の一番大事な人だから!!」
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