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インターフォンを鳴らして数秒も待たずに扉が開く意味を、考えたこともなかった。
築年数の経つアパートは足音が響く。
もしかしたら鳴らす前から和哉くんは気づいているかもしれない。訪問者を断定しているとしか思えないほど、今日も玄関のドアは素早く開いた。
「遅かったな。なんだ、突っ立てねえで入れ」
「うん……あ、和哉くんの切れ長の目ってテレビでよく見る俳優さんみたいだなあ。鼻も高いし、顔もシュッとしてて、かっこいい」
「……………………は?」
僕は熱に浮かされたように頭がぼんやりしていて、心の声が漏れていることに気が付かない。
見慣れた和哉くんの顔が今日はやけに光り輝いている。明るいフィルターがかかっているかのように眩しくて思わず僕は目を細めていた。
ドアに手をかけたままでいる和哉くんは開いた口が塞がらないようだった。呆気に取られた声で我に返る。
「いやっあのっなんでもないんだ!今のは忘れて!」
あたふたと靴を脱ぎ、玄関のわずかな段差にもつまずく僕はあきらかに挙動不審だ。心底心配そうなまなざしを全身に受けて、穴があったら入りたい気持ちになった。
今まで僕はずっと和哉くんにからかわれてるんだと思っていた。
クラスの中でも大人しく、地味で、目立たない存在の僕が同性愛者だと知って、面白半分で性的ないたずらをしているのだと思っていた。
僕は自分の性癖を肯定してくれるのなら誰でもよかったんだろう。遊びの延長だとわかっていても、嘘だとしても、もう一度好きだって言ってもらいたかった。
だけど最近の和哉くんは優しい。
到底ありえないと思っていたけれど、本当に本心から好意を伝えられたら、僕は幸せに押し潰されてしまうかもしれない。
「誠、お前、腹でも痛えのか。それとも俺の風邪がうつったか。顔が赤い」
「違うよ、大丈夫。すごく元気」
「信じらんねえな、俺に嘘つくなっつったろ。熱測れ」
「本当に平気なんだ!病気とかじゃないから!」
体温計を取りに行こうとする和哉くんを必死に引き止める。慌てふためく僕の姿がますます怪しいようで、和哉くんは釈然としない面持ちで目を眇めた。
意識すればするほど身体がうまく動かせない。
自分の気持ちに問いかけずとも、目を合わせるだけで、心拍数が上がる。この感情を恋と言わずしてなんと呼べばいいのか。
まるで世界が一変したかのようだ。
和哉くんを、直視できない。
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