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きのした




「なに」

「なんでもない」

目の上で綺麗に切り揃えられた前髪のラインをゆっくりと指でなぞりながら、ふうんと俺は頼りない返事を返した。
風がぴゅうぴゅうと音を立てて、屋上のフェンスをかたかたと揺らしている。確かあの日もそうだったか、なんて考えながら
俺は防寒として制服の上に着たパーカーのフードをするりと被った。

「なあに、からかいにでも来たの」

「違う。少し気になっただけ」

先程から冷たいコンクリートに胡座をかいて座る俺の背後に立ち、奴は俺を見下ろしている。
目を合わせはしないものの背中にひしひしと伝わる視線でそれはなんとなく分かる。
荒い息遣いが俺の旋毛に全て吸い込まれて、ただなんとなく今彼女が肩を上下に揺らしている姿が目に浮かんだ。
状況は違えど、それは夢や妄想の中で何度も見た事のある光景だった。


「死ぬんじゃないか、なんて思ってるでしょ」

「…」

「お前に振られたから死ぬなんて何処まで自惚れてんだよ。」


そう言うと彼女は急に黙り込んだ。そしてこの空間を唯一取り巻くものと言えば未だ微かに荒く刻む彼女の呼吸音のみだ。

他に好きな奴が居る、なんて言われてもねぇ。知らないよ。

君が誰かとセックスするなんて考えただけでも死にたくなるのに。
夢の中でしか分かり合えないのならそれはただ虚しいだけで、俺の独りよがりにしか過ぎないだけ。
だけど、彼女を想う事でこんなにもそれが得意になってしまった。そんな特技なんかよりも手に入れたいものは山程あるのに。
気付けばいつも手元にあるものはガラクタばかりで肝心なものはいつになっても手に入らない。

夢の中で「好きだ」と何度も唱えるけれど、それは一向に現実にはならなくて
終いには、君とセックスをする夢を見てしまう始末だ。
勿論その後の罪悪感と言ったらこの上なく、無意味なくらいに心にぽっかりと穴が空く。
例えるならば、好きな子をオカズにしてオナニーを終えた直後の中2の童貞な気分である。
そんな気分をどう処理していいのかも解らず、ただただそれについて猛烈に悩んでみたりしては少し泣く。

泣いて忘れられるならとっくに泣いているし、笑って済むならとっくに笑っている。

女々しいよなあ なんて思わず口に出すと、彼女は黙っていた口を漸く開いて言った。




「木下は馬鹿だから。」







まるで自分ちで他人のセックスを見てる気分だった
(悲しい時は悲しいって言えば良いのに。)








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