フェールセーフ(捲簾)
『っ…!!』
気が付くと見慣れた天井。
手に持っていたのは、愛用している短刀だった。
『危な…』
手の内で月明かりを反射した愛刀が、鋭く自分を写す。
怖い夢を、見た。
というか、どんな夢かなんて、覚えていないんだけど。
夢見が悪かったのは確かだ。
『あー…』
何となく、目も冴えてしまったので、早々に二度寝を諦め、気分転換に散歩に行くことにした。
相棒である短刀も懐に忍ばせて。
外は、月明かりが妙に明るくて、私はその明るさを避けるように下を向いて歩く。
すると1人分の影が、急に2人分になり、目の前に捲簾がいた。
「よぉ…どした?こんな時間に」
『捲簾こそ…振られて自棄酒?』
彼の手には、購入した帰りなのか、酒瓶が抱えられていた。
「ちげぇよ。俺が振られたりすると思うか?」
『うん』
「本当、俺のこと上司だと思ってないなお前…」
『だってそれでいいって言ったのは自分でしょ』
「ま、そうだけどな…つか、そんなカッコじゃ風邪引くぞ」
『散歩だし、平気。じゃ…』
今のざわざわとした胸の内を悟られたくなくて、早足で先へ進んだ。
『…何でついてくんの』
「俺もコッチに用があんだよ」
『…ストーカー』
「へぇ…お前のことストーキングするような物好きがいるのか」
『真横にな』
「そーかい」
『そーだよ』
無言で歩く歩く歩く。いつしか、2人で歩く音が心地好くなっていた。
すると急に捲簾が道端のベンチに座った。雰囲気が、「座れ」という感じだったので仕方無く座ると、座った瞬間、真横からデコピンを喰らった。
『何なの…』
「それはコッチの台詞だっつの。…ったく、何時もの減らず口は何処行ったんだか…」
『捲簾の方がうるさいじゃん…』
「いーや、お前のがうるさい」
『この前天蓬達に怒られた癖に』
「お前もな」
『…………』
「…………」
そこから会話が続かなくなって、視線を巡らせる私の横で、捲簾はゆったりとした動作で煙草に火を点けた。
私が見上げていた月に、捲簾が燻らせた紫煙がかかった頃、彼は口を開いた。
「何かあったんなら吐き出しちまえ。…んな顔してっと、通り魔かなんかに間違えられっぞ」
『どんな顔だっての』
「こんな」
眉間にシワを寄せて言うその姿は、とてもじゃないが、西方軍大将には見えない。
けれど、この男には私は一生かかっても敵わないんだろう。
私が吹き出すと、釣られて捲簾も笑った。
その間を、優しい夜風が通った。
『もし、』
「ん?」
『もし、自分が取り返しのつかない失敗をしたら…捲簾ならどうする?』
「さぁな。やっちまったもんは仕方ねぇから…どうにかする」
『私は、捲簾みたいに考えられない…かな』
「……」
紫煙が、月を、隠してくれた気がした。
『時々不安になる…今、自分は何か間違ったことをしてないか…とか。何時もは平気なのに、気付くとなんか、駄目だよ…』
ああ、さっきの夢、思い出した。
アレは、私のせいで隣にいるこの人が、死ぬ夢だ。
月を隠していた紫煙が消えた。
「サヤは此処に居ていい。そんなに不安なら、俺を追いかけりゃいい」
煙草を持っていた筈の捲簾の右手は、私の肩を抱いていてくれた。
「たとえお前がなんか間違ったって、俺等がいるだろ」
何気無くかけられた言葉は、一番自分が欲しかった言葉で、
『いつもいつも…優しすぎるんだよ、馬鹿…』
飛び起きた時からざわついていた心が、落ち着いてくる気がした。
この男は私にとって、一種の安全装置だ。
いつも、肝心な所で私を引き止めてくれる。
「…ほら、明日も激務が待ち構えてんだ、家まで送るから、さっさと寝とけ」
『うん』
自然と触れ合った互いの手は、一番欲しかった温かさだった。
fail-safe
(私がただ一つ願うのは、どうか優しいこの人が、私の前から消えないようにと。)
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