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臆病者の恋(天蓬)


どちらかが傷付くなんて、絶対嫌。

そんなことになるのなら愛することなどやめてしまおう。






「本当にいいのか?別にお前が足手まといだなんて、誰も思っちゃないぞ。むしろ、」

『もう、決めたことですから…天蓬元帥には、後で宜しくお伝え下さい』

「…会ってかないのか」

『会ったら元帥はその辞表を粉々にするでしょう?』

「そりゃあ…粉々どころか、灰も残らないように燃やすだろうな」

『無事にその辞表、竜王様の元へお願いします』

「今までのどの任務より難易度高ぇな」

『申し訳ありません』

「おー、気にすんな…じゃあ、な」

『はい、…今までお世話になりました』




そう挨拶して私は捲簾大将の部屋を後にした。

これで、もう二度と、大将や隊の皆…元帥とも会うことはないだろう。


傷付くのが怖い。
自分が、優しいあの人が。
だから、臆病者の私が選べる選択肢は、これしかなかった。





きっかけは、1ヶ月ほど前の遠征だった。
仲間の1人が大怪我を負い、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされたのだ。
私や、隊の皆は勿論、あの大将も動揺していた。

しかし、その時天蓬元帥はただ1人、苦しそうに顔を歪めていた。
動揺でも、焦りでもなく、とても苦しそうに。




元帥に憧れて軍に入り、長い間近くにいたけれど、それは初めてみた顔だった。
幸いにも仲間の隊員は死ぬことなく、今ではピンピンしているが、元帥の様子が気になった私は、大将から一つ、教えてもらった。




元帥は過去に部下を亡くしたことがあるらしい。
それは本来、軍に属する者、まして元帥ほどの階級になれば一々気にするものではない。

けれど優し過ぎるあの人には、深い深い傷なのだろう。
…あの時の顔は、きっとその傷に触れてしまったのだ。

出来ることなら、元帥のあんな顔はもう二度と見たくない。
そして同時に、私も失いたくないと思ってしまった。


一度こう思ってしまうと、誰かを守れるほどの力を持たない自分が恨めしくなる。
それどころか、自分が守られて、誰かが死んでしまったら…
そんなネガティブな考えが私に付きまとうようになってしまった。

今まで考えないようにしていた分、その考えは私をより臆病者にしていった。
そして考え抜いた結果が、あの辞表なのだ。



傷付ける覚悟、失う覚悟。
そのどちらも持てない臆病者の私には彼の前から消えることが一番の方法だと思った。





「…サヤっ!」
『!元、帥…』


咄嗟に逃げようとしたが、彼に捕まれた腕のせいでその場で向き合う形になってしまった。


『なんで…今日はいらっしゃらないはずじゃ…』

「なーんか…嫌な予感がしたので…」

会議、サボって戻ってきたんです。
ニコ、っと微笑むその顔はいつもの元帥そのもので、

『駄目じゃ、ないですか…』

「そうでもないですよ。現に、会議に出てたら貴女を引き止めに来られなかったんですから」

彼はそう言って、白衣のポケットからあの辞表を取り出した。

『!それ、』

「丁度、大将とすれ違った時に受け取りました…僕をすっ飛ばして上に書類は提出出来ませんからね」

『…元帥、私は、』
「分かってます…怖かったでしょう?」
『え…』
「だって、僕も怖いですから」

サヤを失うことが。

『…元帥、も?』
「えぇ。でも、こうやって追いかけて来ちゃう位ですから…」

同じ位、貴女が隣に居ないのが嫌なんですよね。


さらりと言われた一言に、私はただ涙を堪えるだけだった。

「なんだか、僕が臆病なせいで要らぬ心配かけちゃいましたね…」
『…そんなこと、ないです』


そして私達は互いに笑い合った。





(臆病者は、私だけじゃなかったみたい)






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