もしもしそこのお嬢さん(捲簾)
『…夕立?』
頬に当たった雨粒を拭うと、乾いた地面がポツポツと濡れていくのが見えた。
『傘、持ってないんだけどな…』
生憎今日は、天界と下界を繋ぐゲートを無許可で通って来たので、そんな余計なものは持っていなかった。
ていうか、天界じゃ雨なんて降んないし。
だから多くの天界人は、下界を好まず、天界を一番だと考える。
けれど私は違う。
余計なものがない、美しい天界より、醜いものの中に埋もれても、美しく在ろうとする下界の方が好きなのだ。
ま、一応私も天界人なんだけどね…
道のど真ん中でそんなことを考えていたので、気が付けば、私はすっかり濡れ鼠になっていた。
雨は人の心を暗くしたり、悲しくさせたりするって聞いたけど…
激しく打ち付ける雨は意外と心地好いのかもしれない。
「なーにやってんの。お前」
聞き慣れた声に振り向くと、髪型がいつもより少し崩れた捲簾がいた。
『水も滴るいい女?』
「いや、怨念渦巻く亡霊の間違い」
『あー…髪か』
結い上げていない髪は、雨で体にまとわり着いていた。
「ショートにしてからやりゃ良かったな」
『やっぱり、水、滴らせていいのは男の子だけだね』
「俺とか?」
『髪に張りがないね。禿げへの第一歩おめでとう』
「酷いなおい。何、苛ついてる?」
『いや、煙草吸いたかったんだけど…』
ポケットに入れてあったものを取り出す。
あ、結構残ってた。
「あーあ…こりゃ無理だろ」
箱ごとびしょびしょになった煙草を見せると、捲簾はそう言った。
『だよねぇ』
「じゃ、雨宿りがてら煙草買いに行くか」
『雨宿りするほど濡れてないとこないよ私』
「こんなとこ立ってたら目立つだろ。忘れてんのか無許可で抜け出したの」
『わぁ、今更…捲簾と天蓬のをコッソリ参考にしたのに』
時々、捲簾や天蓬はコッソリ下界に来ている。
私みたいな一隊員がやったって軽い処罰だけど、二人はそんなもんじゃ済まないだろうに。
「俺等はバレない方法を追究してきたからな。格が違うのよ。格が」
『今の台詞、竜王さんとかが聞いたら怒り狂うねー』
「そうか?諦めの溜め息一回、に焼き肉一回分」
『試す?』
「どうせなら天蓬のも言ってみるか」
『あぁ、例のアーティスティックなものか』
「現物証拠として提出」
『の前に、天蓬が大人しく引き渡すかなぁ』
「寝てる間に…って、後が恐いしな」
『敵に回したくない人物ナンバーワンだし?』
「怒り狂った時の奴は何するか分かんねぇぞ」
『怪しげな薬品作ったり…とか?』
「隊員全員実験台にしてな」
『…迷惑』
「そして怪しげな儀式を始めるんだ」
『なんか召喚でもしそうだね』
「薬漬けにした俺達を生け贄に、それはそれは恐ろしい悪魔を召喚するんだこれが」
うん、確かに天蓬なら軽くやって退けそうだ。
「優しい悪魔召喚」なんて本も見かけたことがあるし…
『…で、私達は何時まで濡れてる予定?』
道のど真ん中で、訳の分からない話をして。
軽く濡れてた捲簾も今や私と同じ様にびしょ濡れだ。
それが何だかおかしくって、久しぶりに肩を振るわせて笑った。
「…もう終いかな」
水に滴るいい女、見れたしな。
この激しい雨にピッタリの顔を。
「よし、じゃ、帰っか」
『うん。』
雨は悪いことじゃない。
水は生き物を明日へと生かしてくれるし、汚れたものだって清く洗い流す。
雨で悲しい気持ちになるなんて嘘だ。
だって私は今、こんなにも――
もしもしそこのお嬢さん
(傘はないけど、隣へどうぞ)
満たされる雨だって、あるはずだから。
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